「どしたごま?何か変なもんでも食べたか?」
「えへへ…うふふ…オレが…うふふ」
「…何だか怖いな。早く寝ろよ?」
晩御飯に使ったキノコにマズいものが混ざっていたのだろうか?
ごましおはその晩、心配するチームメンバーにしてレタシックスーツの製作者ミサークをよそに、窓から星空を見上げながらも何処か別の何かを見つめ、定まらない呟きを漏らし続けながら朝を向かえたのだった。
「…言わんこっちゃない」
結局、昨晩見送った際の姿のまま、すっかり目の下にくまをこさえたごましおに呆れ声をあげるミサーク。
「ホットミルク飲むか?ハチミツたっぷりのやつ」
「ううん、要らない。ちょっと寝る」
「お、おう」
ごましおは昨晩の幸せそうな表情とは一変、寝不足だけでなく何かに怯える様子ですごすごと自室へ向かう。
「ちゃんと毛布、被るんだぞ~?」
ごましおらしからぬ、とぼとぼと歩く背中を心配し声をかける。
「うん…」
返事は返したものの、ごましおは結局自室のソファに腰掛け、ぱっちりと目を開けていた。
ごましおは博識である。
公表されたものには限るが、これまでに超駆動戦隊ドルブレイブが相手にした凶暴なモンスターから凶悪な犯罪者、その全てを、収集した地方新聞の記事からスクラップしまとめ上げ、記憶していた。
メギストリス城を上回るサイズの怪鳥、大地の箱舟の線路かと見まごうほどの大蛇、超古代の機械兵士に、ギンガムマフラーの爆弾魔などなど。
ドルブレイブと持て囃され上機嫌だったごましおだが、うとうとと窓辺で夢を見始めたその瞬間、名だたるヴィランに襲われる悪夢で目を覚ます。
繰り返し繰り返し、悪夢の中で敗北し、膝をつくレタシックブレイブ。
しかし、ごましおを何よりも苦しめたのは、襲い来る強大な敵ではない。
「お兄ちゃん、ヒーローじゃ無かったの?」
「何だ、ドルブレイブじゃなかったのね。感謝して損したわ」
「しっかりしろよな、ヒーローなんだから」
「一緒にされちゃ、ドルブレイブも迷惑よね」
ドルブレイブと勘違いされてしまった際に、つい否定しなかった後ろめたさが、己を責めるギャラリーの冷たい目線の刃となってレタシックブレイブに突き刺さる。
やがてそれらは夢を抜け出し、今尚ごましおの脳裏を好き勝手に蹂躪していた。
「ううう…」
目深に毛布を被り、耳を覆うも、声は消えない。
そのまま悶々と昼を越えた頃、ぼうっとする頭を引きずって、ごましおは軽く身支度を整えると、大地の箱舟に飛び乗った。
このまま引きこもっていたいのはやまやまだが、今日はハクギンブレイブショーのプクランド大陸における公演の千秋楽。
オルフェアのナブナブ大サーカステントを舞台に、プクランド大陸最後のショーが行われるのだ。
特別な公演であるだけでなく、劇団の引越や演目の更新に伴う稽古期間等々で、しばらくハクギンブレイブショーは観られなくなる。
見逃すわけにはいかない。
一方、オルフェアの裏路地を目指し、一目散に駆ける怪しい二人組の姿があった。
「へへ、やりましたねアニキ」
「ああ、噂は本当だったんだな。俺たちと同じように振る舞えるたけやりへいなんてな。一体どれだけ高値で売れるか」
「いつぞやのジェリーマンに逃げられた損失も、これでチャラっすね!」
「あれはお前がちゃんと見張っておかねぇから…」
「おっとヤブヘビ…」
二人は縦に並び、うごめく細長い荷物をその肩に抱えていた。
「とはいえ、笑いが止まらねぇなぁ!」
「全くで…うおっと!?」
まだ見ぬゴールドの山に夢中になり、プクリポの少年とぶつかってしまった男たち。
「ご、ごめんなさい…」
「おう、気を付けろよ」
ごましおは尻もちをつきながら、強面の男たちに詫びた。
男たちはぶっきらぼうに答え、ごましおの方に一瞥もせずに再び走り出す。
「あれ…?」
去りゆく後ろ姿、その肩に背負われた包から覗くのは、ハクギンブレイブのヘルメットの先端ではあるまいか。
「…オレには…関係ない…よね?」
きっと見間違いだと、再びテントに向かい歩き出そうとした所で、すっかり見知った顔の劇団員の面々が、蜘蛛の子を散らすように駆け出してくるのが目に入る。
「どなたか!うちのスタッフを見てませんか!?白いヘルメットを被った、少年です!!」
ドクン、とごましおの心臓が高鳴った。
さっきの見るからに怪しい男達は人攫いだったのだろうか?
大声を上げて大人を呼ぶ?
レタシックブレイブに変身して追いかける?
でも間違っていたら?
一人で何とかできるの?
一体、何をどうしようっていうの?
ヒーローでも何でもない、オレなんかが。
ぐるぐると巡る暗い思考に、真っ逆さまに落ち込んでいくごましおであった。
続く