「…まいったな」
砂嵐の吹きすさぶ、チョッピ荒野中央に位置する荒野の休息所。
お菓子をイメージした可愛らしい建造物が立ち並ぶ中に、少し場違いと言える大型ドルボードを停め、工具を片手に首を傾げる赤髪のオーガ女性が一人。
「これでいいはずなんだが…」
急に機嫌を損ね、動かなくなってしまったドルブレイドと格闘すること、はや2時間が経とうとしている。
父から譲り受けた鋼色の愛車は当然ながらそれなりの年季を経ており、当人と同じく付合いが難しい。
不幸中の幸いにも、ここには宿がある。
そして、明確な目的のある旅でもない。
観光と少しの骨休みを兼ねて、数日間愛車の機嫌を窺うのも悪くない。
ひとまず修理を諦めかけた頃、乾いた風にのって、可愛らしい笑い声が届いた。
「ふふっ」
「ん?」
ほんのり漏れでた笑い声に釣られ目を向けると、短く束ねた小麦色の髪を揺らし、小動物のようなかわいらしく小さい手を口元に添えて、優しくほほ笑むプクリポが佇んでいた。
「あ、ごめんなさい。お嬢さんが頬にあまりにも可愛らしいオイル汚れを付けているものだから」
バイク乗りは、闖入者のお嬢さんという口ぶりや、金縁のモノクル、落ち着いた口調から、プクリポという種族然とした外観からは予想がつかないが、恐らく自分より年上の女性なのだろうと判断した。
「ここ。ハートマークがついてる。ふふ」
プクリポは自身の右頬を、やはり丸っこくて可愛らしい指でちょんちょんと突いてみせる。
言われてふとドルブレイドのミラーを覗き込むと、確かに右頬の黒ずみが、不恰好であるがハートの模様に見えなくもない。
汗をぬぐった際に手袋から付いたのだろう。
「それはさておき、ちょっと私に見せてみて。これでも、アカデミーではドルセリンを燃料とした機械群の応用工学を齧っていたのよ」
返事を待つこともなく、プクリポはすたすたとドルブレイドに歩み寄る。
ハートマークに意識が向いていて気付かなかったが、プクリポは女性ながら灰と白に染め上げた究明者のコートを身にまとっており、落ち着いた口調からも、何かしらの学士といった雰囲気を漂わせている。
その腰に添えたポシェットから工具を取り出すと、テキパキとドルブレイドの心臓部を弄り始めた。
カチャカチャと金属の組み合う音が響き、それを小気味よいと感じた所で、オーガの女性はあらためて思う。
自分にはやはり、こちらの方が性に合っている。
もちろん、可愛らしいぬいぐるみや表情豊かな小動物、キラキラと輝く豪奢なドレス、それらの所謂、ステレオタイプな女性が好むものを嫌いだとは言わない。
しかし自分はそれよりも、武骨ながら機能美にあふれる機械や、血沸き肉躍る冒険譚、物語に登場する勇ましい英雄たちに心惹かれる。
故郷にて元服の儀を終え、この先どんな道へと進もうかという筋道を探る為、一人故郷を出てはや半年。
やはり、冒険者を目指そうか。
そう思い至ったあたりで、バルルルルンとドルブレイドの元気な鳴き声が響き渡った。
「…ふぅ。これで良し」
ザリッと背を地面に擦らせながら、ドルブレイドの下からプクリポは這い出した。
「ぱっと見た時は、経年劣化による焼き付きなどのトラブルかとも思ったけれど。とてもよくメンテナンスされてる。この子を愛しているのね。ドルセリンの燃焼を促す空気を取り入れるためのフィルターが、砂塵つまりを起こしていたわ。チョッピ荒野ならではの故障、つまりを取り除いて、吸気口に手持ちの砂避けを付けておいたから、もう大丈夫だと思うわ」
まくしたてる様に状況を説明するのは、マシンに対する傾倒ゆえだろうか。
専門家の言葉に素直に耳を傾けていたバイク乗りだったが、ふとあることに気付く。
「ふふっ、あ、いや失礼、本当に申し訳ない」
ただちにお礼を述べねばならない所であったが、自分も思わず笑みがこぼれてしまった。
慌てて詫びながら、ちょんちょんと右頬のハートマークを突いてみせる。
ドルブレイドのエンジンを触っていたプクリポの頬にも、オイル汚れのハートマークが出来上がっていた。
「うふふ、お揃いね。あ、大変、自己紹介が遅れたわね、私はおきょう」
「こちらこそ、大変助かりました。私はセ~クスィ~と申します」
プクランド大陸の外れ、チョッピ荒野の地。
マシンオイルに汚れた手袋越しに、まだ『博士』と呼ばれる前のおきょうと、まだ『アカックブレイブ』ではないセ~クスィ~は、この先長い戦いを共にする運命であるとは思いもよらず、固い握手を交わしたのだった。
続く