ふわりと甘みとも苦味ともつかない独特の香りが漂い、セ~クスィ~はそれが何か、記憶を辿る。
「これはお酒?お酒はちょっと…まだ私は…」
鼻を突いたのはアルコールの香りだ。
「おや、未成年だったのかい?立派なたたずまいだったからつい、勘違いしちまった。すまないね、お客さん」
「あ、いや、そうか。そうだな。もう飲めるんだった。先日、成人を迎えたんだ」
「おお、そいつは良かった!こいつは、『アルマザ』っていう、このあたりの伝統の地ビールでね。多少のクセはあるが、アルコール度数控えめだから、飲みやすいと思うよ!」
恐る恐る、セ~クスィ~はあらためて差し出された瓶を手に取った。
セ~クスィ~の背筋に走る緊張は、手から伝わる瓶の冷たさゆえではない。
噂に聞くところによると、酒により性格の替わる人種というのが一定数居るらしい。
そうでなくとも、体質に合わず、眩暈や頭痛、吐き気を催す場合もあるという。
これまでも村の悪い大人から勧められることはあったが、毅然と断ってきたセ~クスィ~は、まさしくこれが初めての飲酒であった。
「ええい、ままよ!」
翠玉のガラスに包まれた、琥珀色の液体をグイッと口に含む。
「!!??」
苦い!そして…仄かに甘い?
セ~クスィ~は知る由もないが、通常のビールの主原料にコーンを加え、輝きを足す為にカラメルを配合したアルマザは、独特の風味でセ~クスィ~の味覚を刺激した。
正直、一口目は美味しいとは思えなかった。
だが、不思議と二口目を脳が催促する。
グビッと音を立て、アルマザがセ~クスィ~の喉を滑り落ちる。
今度は苦みの中に、麦の味を感じた。
そうなれば後はもう、アルマザの作戦勝ちである。
アルコールの魔力にすっかり虜となったセ~クスィ~は、瞬く間に一本を飲み干した。
「美味い!!」
「ふふふ、気に入ったみたいだね。一本100Gで販売してる。いつでも言っとくれ」
「なんと!?お水より安いのか!?」
先ほど聞いた水の値段と脳内で比較して、セ~クスィ~から驚きの声が上がる。
「アルコールの方が、保存が効くからね。さ、それはさておき、良ければそろそろ晩御飯の準備をするが、どうだね?」
気付けばうっすらと夕焼けの残滓と共に、冷たい夜の空気が流れている。
初めてのアルコールで火照った体にそれを感じながら、セ~クスィ~は黙って頷いた。
「よしきた!ちょ~っとだけ待ってておくれよ」
宿のロビーと食堂を兼ねたテント入り口付近のカーペットの上に座り、料理を待つ。
砂地の上に直に敷かれているとは思えないほど、すわり心地はとても良かった。
やがてにんにくとデリシャスオイルの香りと共に、素朴な木の器に盛りつけられた前菜がわりのサラダが運ばれてきた。
「まずは『タブレサラダ』から召し上がれ」
ジャンボ玉ネギとしゃっきりレタスにクスクス、そしてたっぷりのパセリをペースト状にして、その上にダイスカットされたびっくりトマトが添えられている。
「最近干し肉ばかりでな。生の野菜はとても有り難い」
パセリの青臭さも他の食材でおさえられ、にんにくと油でシンプルに味付けされたサラダは、具材が細かい事もあって大変食べやすく、セ~クスィ~はモリモリと頬張った。
そしてお次に小皿にのせて運ばれてきたのは『サンブーサ』。
皮の分厚い揚げ餃子といった外観と食感だが、中の引き肉は濃い目でエスニックな味付けが施されており、セ~クスィ~は間違いなく合うと確信してアルマザを一本注文した。
そしてメインディッシュの『マンサフ』。
目に映える蒼で文様の刻まれた深い陶器の角皿に入れて運ばれてきたのは、米をヨーグルトで煮詰め、その上に塩胡椒でシンプルに焼き上げた羊肉が乗せた料理。
陶器製の先が丸いスプーンでも食べやすいよう、小さく肉がカットされているのも有り難い。
セ~クスィ~は、肉の一切れと、お粥とリゾットの中間のような見た目の米を一緒に掬い、口へと運ぶ。
「羊肉はもっと獣のクセが強いものだと覚えていたが…これはなかなか」
煮詰めたヨーグルトの酸味が功を奏しているのだろうか。
ともすれば鼻につく羊肉の味覚のトゲを全く感じない。
それでいて野生の肉の滋味が豊かに広がる。
旅の途中、カミハルムイで味わったエルトナの伝統食、寿司の発想に似ているのかもしれない。
あれも生魚の臭みを、白米に吸わせた米酢が打ち消してなお香り立ち、見事な調和を果たしていた。
異国情緒に満ちた料理に舌鼓を打ち、おまけにアルマザをもう一本飲み干して、晩の宴を満腹で終えたセ~クスィ~であった。
続く