その昔、メギストリス王立アカデミーに、誰もが認める二人の天才が居た。
同郷の出身、専攻も同じ、そして常に満点を取り続ける故に優劣もつかない。
一人はそれを悔しがったが、一人はそれを気にも留めなかった。
優れた技術を産み出し、誰かの役に立つことの前においては、個人の優劣など些末な事だと。
しかしそのすれ違いはいずれ、カタストロフを生むことになる。
メギストリス王立アカデミーの第一ゼミ室にて研究中だった、ドルセリンを燃料として動く改造マシン系モンスターの動作実験中、人工知能に改造を施していたはずの実験体たちが突如制御を失い暴走。
鹵獲後に武装を取り外してはいたものの、万が一の安全の為、自爆装置を組み込んでいたのが逆に災いした。
事態の終息には半日を要し、実験体たちの自爆により、被害はアカデミー内のみにとどまらず、建物の破損・倒壊、メギストリスの住人も含め怪我人の数は数え切れず、さらには先の天才一人を含む、二名の行方不明者を出す。
表向きは、実験中の事故ということで処理されたこの事故の後、王立アカデミー創設以来の天才と謳われた二人のうち残された一人も、責任を感じアカデミーを去った。
「…」
薄暗い無機質な部屋の中で、おきょうは一人、もう戻らない日々を切り取った写真に目を向ける。
笑顔の自分を中心に、照れくさそうな顔の友人と、その反対側には、つんとそっぽを向いた友人、まだ若い三人のプクリポが写るその写真は、断絶された今を物語る様に、その写真を閉じ込めるフレームのガラスに二本の亀裂を走らせていた。
「ふぅ…」
短くため息を吐くと、正面のモニターに向き直る。
固定の画面を持たず、空中に投影されるタイプのそのモニターには、本来ならば存在しないドルセリン注入口の取り付けられた、ガチャコッコ、そしてキラーマシンの設計図が、立体映像で浮かび上がっているのだった。
「なんだか…ふわふわするな…」
初めての酩酊状態を楽しみながら、あてがわれたテント内のベッドに横たわる。
自身がアルコールを楽しめる体質である様で良かったと安堵しつつ、セ~クスィ~は先の事に思いを巡らせる。
故郷を旅立ち、エルトナ、ドワチャッカと巡り、このプクランド、アストルティアを一人で巡る旅も、残すはウェナ諸島を残すのみとなった。
セ~クスィ~はこの旅を通して、この先自分が進む道を決めようと思っていた。
父母は生鮮食品の商いを営んでいる。
まだ日の登らない明け方から重いリアカーを引いて出かけ、直接生産者から野菜や肉を仕入れ、人々の営みに欠かせない大事な商品を皆へ流通させている。
とても立派で、意義のある仕事だと思う。
継ぐと言えば、父も母もとても喜ぶだろう。
二人の笑顔が思い浮かぶ反面、この胸のモヤモヤはどうした事か。
ベッドの上でぐるっと横を向き、唯一の荷物のナップザックから、すっかり古びてボロボロになった一冊の本を取り出す。
旅立ちの朝、父から渡された包みの中に、路銀の足しにしろとのメモとゴールドと共に入っていたもので、子供のころ大好きで大事にしていた、架空のヒーロー、アカブレイバーの活躍する幼児向け娯楽絵本である。
『旅の果て、どんな道を選ぼうとも、父さんと母さんはお前の意思を尊重する。いつも言っているが…』
そのまま聞いていたら一日が終わりそうだったので、その後に続く、お決まりの父の言葉は聞かず、手を振り家を飛び出した。
この本をこっそりと娘の荷物に忍ばせていたあたり、父はきっと、セ~クスィ~がどのような道を選ぶのか、あの時既にうすうす感付いては居たのだろう。
―――皆を助ける、ヒーローになりたい―――
一枚、また一枚と、年老いた本のページが破れぬようそっと話をめくれば、子供のころ抱いた熱い気持ちが蘇ってくる。
セ~クスィ~は本を閉じ、アルコールから来るものか、心の高揚から来るものか、判別のつかない頬のほてりを冷まそうと、立ち上がりテントの入口に手をかけた。
続く