「………」
セ~クスィ~はデリシャスオイルの濃い香りにむせる様に目が覚め、うっすらと瞳を開ける。
「お!目が覚めたようだね!!良かった良かった!!」
鍋を片手にセ~クスィ~の様子を覗き込んだのは、宿屋の女将だ。
どうやらここは昨晩泊まった宿の一室らしい。
「村の皆も無事だ。あんたには感謝してもしきれないよ。体の具合はどうだい?なんせ、ホイミを唱えるのは四半世紀ぶりだったもんだから。…指が増えてたりしないかね?」
肋骨が折れた事を思い出し、シャツに手を差し入れて恐る恐る触れてみるが、痛みはおろかそんな痕跡はかけらもない。
念のため手と足の指も確認したが、6本になっているなんてことはなく、セ~クスィ~はほっと胸をなでおろすと同時に、昨夜の事を思い出し女将に問いかけた。
「もう一人、プクリポの女性がいただろう?彼女も怪我をしているはずだ、ここに運び込まれていないだろうか?」
「…プクリポの女性?いんや?私たちが戻ったのは、日の出の少し前、今から3時間ほど前だが、あんた以外は誰もいなかったよ?」
「何だって!?うっ…」
急に起き上がろうとしたところで、セ~クスィ~は強烈な眩暈に襲われた。
「ああ、ダメだよまだ安静にしていなくちゃ。傷は治ってると思うけど、失った血は呪文じゃ戻らないんだ」
回復には食べるのが一番、と女将がパンパンと手を叩くと、村人と思しき二人の子供がそれぞれに皿をもってやってきた。
片方には、トウモロコシの粉を多く含むため黄色がかったロールパンが山盛りに、もう片方には、セ~クスィ~が見た事のないペーストがなみなみとのっていた。
「これは『ババ・ガンヌージュ』といってね、皮をむいたナスビで作ったペーストさ。パンにつけて召し上がれ」
言われた通り、何をするにも体力を取り戻すのが先決だ。
昨晩の料理と同様、にんにくの効いたペーストは、女将の言うとおりパンに合わせると絶品だった。
食事を終え、やがて2、3時間も休ませてもらったあたりで、ようやく立ち上がれるほどに体力も回復したセ~クスィ~は、おきょうの事も気がかりで、そうそうにチェックアウトすることにした。
恩人から頂くなんてとんでもないと、宿代を受け取るどころか、昨晩払ったアルマザの代金まで色を付けて払い戻そうとする女将に無理やりゴールドを握りしめさせ、記憶を頼りに自身が気を失ったあたりを目指す。
愛車はキラーマシンと正面衝突した影響で、見るも無残な状態だった。
まるで長靴の様にフレームごと曲がった前輪が天を向き、全身の装甲をまき散らしながら転がっている。
人助けの為だった、と言えば父は笑って許してくれるだろうが、とはいえ胸が痛むのはやむを得ない。
すっかり乾き、吹きすさぶ砂で判断は難しいが、あたりに致命傷となり得る様な大きな血痕などは見受けられない。
何故姿を消してしまったのかはわからないが、きっとおきょうは無事だろう。
少しだけほっと胸をなでおろし、この先の道中をどうするか、悩み始めた所で、セ~クスィ~はドルブレイドの装甲に挟まれ、ひらひらと風に揺れる紙に気が付く。
『巻き込んでしまって、ごめんなさい』
丸っこく、人柄が伝わってくるような、可愛らしい文字。
書き置きを残したのは、おきょうだろう。
「ううむ…」
空を見上げれば、太陽はまだてっぺんに辿り着いていない。
「行ってみるか」
セ~クスィ~は女将さんの所へ引き返し、ドルブレイドの残骸に関してまた後日回収に来ると約束して、一路、荒野の休息所を目指す。
果たして荒野の休息所で、再びおきょうと会えるかどうかはわからない。
しかし昨日の彼女の出で立ちからして、確率が高いのはそこだろう。
おきょうの無事を直接確かめたい、というのが名目だが、一番はおきょうの書置きにあった、『巻き込んでしまって』というフレーズが引っ掛かった故である。
集落を襲ったマシン系モンスターと、おきょうは何か関わりがあるのだろうか。
しかして、その事情を知った所で自分に何ができるというのか。
そんな一瞬の迷いは、昨夜久々に目にしたアカブレイバーが吹き飛ばしてくれた。
『どうするかって?そんなもん、あとから考える!』ヒーローとは、躊躇わないものなのだ。
続く