「完成してからは初めて着せてもらったけど、こんなに…。これは凄いな、さすがおきょうだ…」
これまで試作段階で試着させてもらったときにも、一定の筋力増強効果は感じていたが、これは桁違いだ。
廊下に出て、あたりを見回す。
もっとこの力を振るいたい。
敵はどこだ?
魔装を装着したマクスは、廊下のはるか先にガチャコッコの姿を見とめ、破壊するために走り始める。
「ウォガウガアアアアアア…!!!」
マクスは自身の口から漏れるモノが、もはや言葉を為していない事にも気が付かない。
その瞳には、獣のような縦に細い瞳孔が形作られ、もとの温和な表情は欠片も見受けられなかった。
一歩一歩、飛ぶようにかけるその足は、踏みしめる廊下に続々とクレーターを築いていく。
「そうなるのか。実験は大成功だな」
異形に変貌した級友の姿を、高い空から、キラーマシン2をベースにしたドルセリンモンスターの肩に腰かけた長髪のプクリポの男は、冷たい瞳で見つめていた。
おきょうとともに訪れた秘匿保管庫にて採取した、魔獣の血液の化石。
彼、ケルビンがマクスに渡したものは、それを培養して混合した特殊ドルセリンだった。
「さしずめ、複製とはいえ魔獣の肉体構造を模した筋繊維に、血液が反応したのだな。あれはもはや、魔獣そのものだ」
ケルビンの眼前で、研究棟の壁を拳で打ち砕き、魔獣と化したマクスがその全容をあらわにする。
「ふむ…古代魔族ガルドドンの眷属、だったか?本家はこめかみと頭頂、背骨に渡って無数の角と、翼を持ったと聞くが」
月に吠えるマクスの姿は、一画の角を頂くゴリラといった所で、幾多の角は見受けられない。
「…なるほど、変貌をもたらしたのもベルトなら、ギリギリのところで押し留めているのもベルトという訳か?これは面白い関係性だ」
ケルビンは誰に聞かせるでもない考察を打ち明け、ニヤリと微笑みを浮かべる。
「そんな…あのベルト…あれはマクスなの…?一体どうして…」
研究棟の出入り口付近、途中転びでもしたのだろう、あちこちに擦り傷をこさえたおきょうが、異形と化したマクスの姿に呆然と立ち尽くしている。
「…おきょう。僕と同じ時代に生まれた、君がいけないんだよ。天才は、二人も要らないんだ」
ライバルはこれで膝を折るだろう。
自身の才覚を世に知らしめる為、まだまだこれからやるべきことが沢山ある。
もうここに用はないとばかりに、聞こえもしない呟きを残し、ケルビンはキラーマシン2とともに姿を消すのだった。
「…それが、アカデミーで起こった事故の全容。事故の後、研究室に残されたドルセリン管の残留物から、その中に高濃度の魔獣の血液が混入されていたことを突き止めたわ。魔獣の血と、魔獣の筋繊維のレプリカが反応を起こし、魔装一号機とマクスは、魔獣と化してしまった。何のためにケルビンがそんなことをしたのか、それは、本人を捕まえてみないと分からないけれど…」
おきょうは語り終えると、全ての力を使い果たしたかのように椅子に沈み込む。
「私が使ったその2号機には…」
「先にも、安全策を徹底したといった通り、筋力増強のための筋繊維は搭載しているけれど、もちろん、純度100%、私の知識によるものよ。魔装2号機には、魔獣から得られた技術はフィードバックしていないわ。安心して」
大切な友人が自らの発明が原因で、目の前で変容してしまったのだ。
あの時のおきょうの言動に、セ~クスィ~もようやく合点がいった。
「アカデミーを出た私は、チョッピ荒野に散ったドルセリンモンスターへの対処と、ドルセリンを求めて出没するマクス、彼を助けるために、今ここにいる。…これは、私が解決するべき問題なの」
「………それは、しかし…」
逆接を唱えてはみたものの、おきょうの背負うものの大きさに、セ~クスィ~は言葉が続かない。
「昨日の実験で、ドルセリンモンスターを誘導する装置は成った。あとは、それに惹かれて現れるであろうマクスに、この薬をうてば、ようやく…。魔装2号機は貴女のパーソナライズがされてしまって、もう使えないけれど、マクスを拘束する手段は他にもある。冷たい言い方をするけれど、部外者の貴女に、これ以上、首を突っ込んでほしくない」
それはきっぱりとこの上ない、拒絶の言葉だった。
続く