結局、壊してしまったドルボード代にと、どう考えても多すぎるゴールドを無理やり渡され、追い出されるようにアラモンド鉱山をあとにしたセ~クスィ~は、そのままとぼとぼと、荒野の集落、もはや顔なじみになった女将のもとまでたどり着いた。
「なんてひどい顔してんだい。さ、早くこっちおいで」
女将はすぐさまセ~クスィ~をテントに通し、とびっきりの料理を振る舞ってくれた。
気持ちの問題か、酷く薄味に感じたが、久方ぶりに食べる気がする甘くない食べ物はセ~クスィ~の身体を存分に温める。
「さ、お気に入りだったろ?私の奢りだよ」
食事を終え、囲炉裏の火を囲みながら、女将に差し出されたアルマザを受け取る。
「懐かしいねぇ…。ちょうどあんたくらいの時にさ、私もこの宿を継いだんだ」
「…」
ちびちびと舐める様に発泡を舌先に感じながら、セ~クスィ~は黙って女将の言葉に耳を傾ける。
「両親は、家業のこの宿じゃなく、別の道に進ませたかったらしい。集落の連中にも、随分と反対されたもんだ」
この集落には、観光的な見どころになるものはない。
立地的に、メギストリスにも荒野の休憩所にもほど近く、あえてここに寄る必要は極めて少ないといえる。
「それでもね。私は、この地に根付いた文化に、愛着を持ってる。絶やしたくないと思った。だから宿を継いだのさ。…そりゃあまあ、稼ぎの少なさに、吐き気をもよおす時もあるけどね」
女将はアルマザを煽ると、カッカッと笑った。
「おっと、話が脱線しちまった。つまりはさ、私が言いたいのはだね、あんたが後悔するには、まだ早いんじゃないかってことさ」
まだ瓶の半分ほど残っていたアルマザを、女将は照れ隠しに一気に飲み干す。
「当たって砕けて粉々になって、もうホントにどうしようもないって状況になるまでは、やってみたって罰は当たらないんじゃないかね?…なんだかあんた、まだできることがあるのに、無理して諦めて、飲み込もうとしてるみたいだ。馬鹿オヤジに言いくるめられて、メギストリスの酒場で働こうとしてた時の私みたいで、ほっとけなくてね。気のせいだったら、酔っ払いの戯言だと思って忘れておくれ」
じゃあ、ちゃんと毛布頭まで被って、温かくするんだよ、と言い残し、女将はセ~クスィ~のテントを出ていく。
「…」
あらためて一人きりになり、セ~クスィ~はぬるくなったアルマザを一口含む。
それは女将の言葉と同じように、じんわりと熱を帯びてセ~クスィ~の胃に沁み込んでいった。
だが、ただ鵜呑みにしたわけではない。
飛び込んだ代償を支払うことになるのは、自分だけではないのだから。
当たって、砕けて、粉々になって、もうホントにどうしようもないという状況に陥ったとしても、だがしかし、その手には勝利を収めなければならない。
勇敢と、蛮勇は違う。
それを為す力が、覚悟が、果たして今の自分にはあるのか。
「…やれやれ、悠長に悩む時間もないか」
唐突に響き始めた金属の羽根音。
テントから顔を出し、空を見やれば、アラモンド鉱山の方角へと空を突き進む無数のガチャコッコが目に入る。
「あらあんた、テント入ってなきゃだめだよ!危ないから!」
宿泊客の安全確認に回っているのだろう、テントから身を乗り出し、空を睨むセ~クスィ~の姿に女将が慌てて話しかける。
「女将さん!ちょっと出かけてきます!!」
「はぁん!?何言ってんだい!?」
「女将さんのおかげで、踏ん切りがつきました!」
「ええっと…う~ん…何か余計な事を言っちまったみたいだね…」
どうにも、このお嬢さんが死地に飛び込もうとしているのは、自分のせいらしい。
「では!!」
「…あ~、もう、ちょっとこっちきな!」
駆け出そうとしたセ~クスィ~の腕を掴み、宿のメインのテントへとセ~クスィ~を引っ張っていく女将。
「何だか知らないけど、急ぐんだろ?使いな。ちゃんと返しに来るんだよ」
「これは…」
「なあに、これでも昔、ちょっとブイブイ言わしてたクチでね。メンテナンスはしっかりしてある」
それは、真紅に染め上げられた、父の愛機と同じ型のドルボード、ドルブレイドだった。
「くれぐれも、貸すだけだからね!ちゃんと五体満足で返しに来るんだよ!!」
「勿論です!では、遠慮なく、お借りします!!」
何故だか迷いはすっかり晴れたようで、この集落を訪れた際と同じ快活な表情で颯爽とドルブレイドに跨り、走り去るセ~クスィ~の後姿を、女将は半ば呆然と見つめる。
「口は災いの元って言うけども…。私も大概にしとかなきゃいかんねぇ…」
今後、客と話す時はアルコールを控えよう。
密かに反省した女将であった。
続く