しかし、その奇跡のような力をもってして、状況は五分と五分だ。
「おきょう!段取は!?」
「…えっ!あ、魔獣の筋繊維の制御は、ベルトによってなされているわ!このままじゃ、針も通さない。だから、ベルトをまず破壊して繊維を一旦崩壊させないと!」
「ベルトだな!了解した!!」
とはいえ現状、マクスと均衡状態にあるアカックブレイブに、ベルトを破壊する余裕はない。
さらには悪い事に、マクスの頭頂部の角が、先ほどから僅かながら雷光を帯び始めている。
ドルセリンゴーレムを打ち破ったあの雷の力を使われては、アカックブレイブとはいえ勝機は無い。
マクスを救うため、自分にもできる限りのことをしなくては。
自分の心を信じて。
おきょうは無残にも右側頭部から右肩にかけてをゴッソリと抉られ、横たわるドルセリンゴーレムのもとへと駆け寄る。
「お願い、あと少しだけ、力を貸して!」
ダメで元々、虫の息のドルセリンゴーレムに再度、ドルセリンを注入する。
「ゴ…ゴ…!」
おきょうの懇願に応える様に、残された左の瞳を弾けんばかりに光らせ、ドルセリンゴーレムは自身の欠片をまき散らしながらも立ち上がった。
「グゥ!?」
「おやおや、安く見られたものだ…!そらっ!!よそ見している暇などないぞ!」
倒したはずの敵が再び参戦した事に気付くマクスだが、そちらに注意を向けようとすればたちまちアカックブレイブに押し返される。
「グググ…」
獣と化した顔面からでも、焦りの表情が明らかに伝わる。
完全なチャージを待つことなく雷を解き放とうとしたマクスだが、おきょうの駆るドルセリンゴーレムの方が一手早い。
「ゴゴ…!!」
バラバラとその身を崩壊させながらも、マクスとアカックブレイブのもとへ辿り着いたドルセリンゴーレムの断末魔の一撃は、マクスの頭頂、青白く光る角を正確に捉え、圧し折った。
左拳を突き出した姿勢のまま硬直し、その瞳が光を失うとともに、役目を終えガラガラと崩れ去るドルセリンゴーレム。
「グギャ…アアアアアアッ!!」
それと引き換えに、マクスはたまらずアカックブレイブを振りほどき、天を仰いで頭を押さえ、絶叫を迸らせる。
「その隙、逃さん!」
アカックブレイブは腰にマウントしていたはがねのかなづちを抜き放ち、居合切りの如くマクスのベルトのバックルをすれ違いざまに打ち据える。
鐘を鳴らすような澄んだ音が響き、マクスのベルトにびしりとヒビが入る。
一度入った亀裂は蜘蛛の巣の様に瞬く間に伝播し、乾いた音と共にベルトは粉々に砕け散った。
「今だ!!おきょう!!!」
アカックブレイブは、力の源たる角を失い、筋繊維を制御していたベルトも失い、縮み始めながらもなお暴れるマクスを背後から羽交い絞めにする。
「ええ!!」
おきょうはアカックブレイブの呼びかけに、ドルセリンゴーレムの操縦桿を投げ捨て、白衣のポケットから取り出したアンプルを手に駆け寄る。
「くっ、しまった…!おきょう、一旦離れて!」
未だ未練がましくマクスを包む魔獣の因子、その最後の悪あがきにさすがのアカックブレイブも振りほどかれる。
「大丈夫!やれるわ!それに、今しかない!!」
ベルトの制御から切り離され、魔獣の筋繊維がその威を衰えさせるのは恐らく一瞬の事。
今この瞬間にやらなければ、ベルトによる抑制からも完全に解き放たれた魔獣の因子に取り込まれ、マクスは今度こそ完全に魔獣と成り果てる。
おきょうは、縮み始めてなおプクリポの身からすれば数倍の大きさにもあたる異形の姿に、しかしまったく怯むことなく突き進んだ。
狙いも何もなく無造作に突き出された拳が、おきょうのこめかみをかすめる。
皮膚を裂かれながらも、おきょうは相手の胸に飛び込むようにして、アンプルをマクスの体に打ち込んだ。
続く