「…で、だ。二人揃って手ぶらだわ、血まみれだわ…。一体何やってんだか」
二人が酒場を飛び出していってから、3時間ほどが経っただろうか。
やはり仲良く同じタイミングで真っ赤になって帰ってきた二人は、全身から生臭い返り血の香りだけでなく、何かが焦げた様な強烈な臭いを漂わせている。
若き日は冒険者でもあったマスターは、それが爬虫類に近しい魔物が警戒の為に放つ体液の臭いだと知っている。
「討伐の証に、首もって来いって言ったはずだが?」「「それはこいつが!」」
ジュエと男は、セリフどころか仕草も鏡写しの様に揃って相手を指さす。
狩りの顛末はこうである。
その魔物は、もともとは何の変哲もない、一匹のはしりとかげだった。
しかし、右肩にむず痒さを感じていたある日、突然そこに頭が生えてきた。
初めは手近にちょうどいい遊び相手ができたと喜んだのもつかの間、今度は左側にも頭が生えてきて、そのあたりから雲行きが怪しくなってきた。
体は一つだから、どれか一つの首が食べれば腹は膨れるものの、食事をしたという満足感が得られない。
自分の頭同士で争いが絶えず、もとは大人しい魔物だった彼は、常に他の自分に対して腹を立て、膨れた腹でも満たされない空腹感に苛まれ、荒野を荒らしまわるようになった。
「おいおい、持ち帰る首が三つとは聞いてねぇ」
「おやおや、怖気づいたのかい坊や?」
酒場を出てから走りづめ、獲物のもとに辿り着いたのもほぼ同時。
「めんどくさいなと思っただけだ」
次の瞬間、獲物を挟んで向こう側に駆け抜けていた男の両手には、それぞれ大振りなククリナイフが握られており、ベッタリと刀身にまとわりついた血を、ぐるりと回転させて振り払う。
男は太腿を囲むように3本ずつ、計6本の様々なナイフをマウントしているが、唯一、このククリナイフだけは両側に一本ずつ、同じナイフを2本持っていた。
そしてそのナイフを抜き放ち、駆け抜け様に中央の首を切り落とした様子は、ジュエの瞳に捉えられないほど一瞬の事だった。
「あと二つ」
悠然と振り返った男の前で、しかし与り知らず他の首が一つ落ちる。
「いいや、あと一つだよ、鈍間」
いつの間にか、大鎌を携えた水色の肌の、悪魔としか形容できない魔物が、とかげの首を刎ねていた。
魔物はそのままジュエに傅くと、霞の様に消えていく。
完全に消え去る刹那、魔物は一枚の紙切れになって、風に舞った。
(なんだ?今の魔物、見た事が無いぞ。それに、気配を感じなかった…?)
それはべレスという魔物だったのだが、オーグリード大陸においては、1,300年ほど前にあたる、雄峰と呼ばれた頃のランドン山脈に生息した魔物を、男が知る由もない。
「トドメも頂いちまうぞ。…一日一回、発破しとかねぇと気分が上がらなくていけないからねぇ」
手品の種明かしの様に、今度は男の目の前で、ジュエは酒場でも手にしていたスケッチブックからもう一枚、ページを破り取る。
男の目にも一瞬捉えられた、そのページに描かれていたものは、山のようなばくだんいわの群れ。
「なっ…にぃ!!?」
次の瞬間、絵で見た光景が、現実のものとなる。
慌てて獲物に背を向け、駆け出した背後で、一斉にメガンテを炸裂させたばくだんいわ達の断末魔の火柱が上がる。
「はっはっはっはっ!爽快!!」
高らかに響き渡るジュエの笑い声と共に、二人の頭上からは、天に巻上げられた獲物の血しぶきが雨となって降り注いだのだった。
「話を聞く限り、ジュエ、お前の責任じゃねぇのか?」
もう既に面倒臭さの極致にあるマスターは、頬杖をつき、グラスに満たしたウィスキーをあおる。
「だろ!?」
危うくまとめて吹き飛ばされるところだった男は、知り合いという忖度を抜いてジュエの非を認定したマスターにぐっと親しみがわいた。
「抜け駆けして先に手を出したコイツが…ちっ…そうかい。わかったよ」
反論してはみたものの旗色は悪く、せめて顔面の血を拭いつつ、観念したジュエはどかっと近くの椅子に座り込み、言葉に反して不満げに頬を膨らませた。
「じゃあえっと、報酬はお前さんに…」
「いや、いい。頭の数で言や、俺は一つ、そいつは二つだ。俺の負けだよ」
マスターが、どん、とカウンターに引っ張り出したゴールドの詰まった革袋を、男はジュエのテーブルに放った。
「おいおい、殊勝だな、坊や」
「坊やじゃねぇ。キャトル。俺の名は、キャトルだ」キャトルはジュエに名を告げると、酒場をあとにする。
「ああ、そうだ、しばらくこの町で世話になる。…次は、負けねぇ」
「いつでもかかってきな、キャトル坊や」
酒場のウエスタンドアに手をかけながら宣戦布告したキャトルを、にやりと笑って見送るジュエであった。 続く