「余計なことしやがって!おい!しっかりしろ!!」
完全にヘドロの塊のようになって浜辺に広がるじごくのきしの残骸を前に、キャトルは血に濡れるのも厭わず、ジュエを抱きかかえた。
「…うるせぇ馬鹿…。大丈夫だ…。鞄…あたしの鞄は…?」
何かと粗暴なジュエに相応しい、飾り気のないシンプルな革の小ぶりなポーターバックを、彼女はポンチョのような衣服の下にいつも下げていた。
「鞄?鞄だな。そうか、薬でも入ってんだな!取ってくる!」
じごくのきしにその身体ごと肩紐を切られ、ジュエのポーターバックは少し離れた位置に転がっていた。
キャトルが知る限りでも、ジュエはこれまでになかなかの額を稼いでいる。
服装や装飾、化粧品などに使っている様子は当然ながら見受けられない。
きっとその分、不測の事態に備えて道具を充実させているに違いない。
希望を抱いてポーターバックを拾い上げ、中身を覗いたキャトルは唖然とする。
とっておきの傷薬でも入っているのかと思いきや、薬草どころか、せいすいの一つも入っていない。
ギッチリと詰められていたのは、ブラッドカメリアやワインローズ、アクアンマリーやオーロラカメリアなど、染色の材料となる花々からつくられた、ドライフラワーだった。
希少な色合いのものばかりだが、今この場では、何の役にも立ちはしない。
「…鞄…は?」
「ああ、ちゃんと拾ってきた」
「中の、花を」
「ああ、大丈夫だ、ちゃんと入ってる」
「は…な…」
うわごとの様に呟いて、だらりとジュエの腕が弛緩する。
「おい!ジュエ!ジュエ!!」
ジュエがまさか自分を庇うとは思わず、理解できない状況に慌てふためいたが、今や少しは冷静さを取り戻している。
呼びかけつつ、呼吸を確認。
「ちょっと、失礼するぞ。あとでキレんなよ…」
傷口を確認するために、バックリと裂かれた衣服を広げる。
未だ出血はじわじわと広がっているが、じごくのきしの体が崩れかけていたのが幸いしたのだろう、傷は思いの外、深くはない。
そっとジュエを横たえると、巨大なタコメットの出現に住民が避難した集落の住まいの中を物色し、ガーゼと包帯を拝借した。
いくばくかのゴールドを叩き付ける様にテーブルに残し、ジュエのもとへと舞い戻ると、ごくごく簡単ながら応急処置を施した。
「頼む、堪えてくれよ」
集落に住民が戻ってくる気配はない。
もとより、その中に医者がいるかどうかも分からない。
であれば、馴染みの村まで戻るのが一番の得策だ。
「あとで必ず返しに来る!!ちょっと借りるぞ!!!」
絶対に持ち主に聞こえはしないだろう。
あくまで自分の気持ちの問題で大声を上げると、入り江の集落に停めてあった幌馬車にジュエをそっと乗せ、繋がれた馬にムチ打ち、一路馴染みの酒場を目指して幌馬車を走らせるキャトルであった。
続く