その一族の始祖は、自らの血と魔力を絵の具と紙に込め、命を再現する術を編み出した。
その偉大なる先達が、晩年に描き続けた一枚の魔物の絵がある。
雷の飛び交う暗黒の空に悠然と浮かび、己を除く全ての生命を見下すかのような暗く冷たい瞳を持った、人智の及ばぬ存在。
始祖の男はまるで何かに取り憑かれたようにその絵を描き続けたが、ある朝、枯れ木のように痩せ細り、自ら筆を真っ二つに折り投げ捨てて、キャンバスの前に倒れ伏しているのを発見される。
最後の作品は、顔の半分がまだ描かれておらず、完成には至っていなかった。
以来、その子孫と弟子たちは、始祖の遺した絵を完成させるべく研鑽を重ねることとなる。
その絵に挑み、難題に心を病む者を多数排出し、しかしその犠牲に見合わず、キャンバスの空白を埋める者は一向に現れない。
さらに数百年が過ぎ、すっかりその絵の存在も忘れ去られようとしていた頃。
ある少女の手によって、その『竜』の絵は遂に完成されることになる。
しかしその機を境に、その一族は歴史の表舞台から忽然と姿を消した。
その日からもはや幾千年。
今や伝承にすら謳われる事の無くなった一族の里がかつて存在したのは、見当たらないひくいどりの嘴をキャトルとジュエが探し求める、人々の営みの痕跡など何も遺されていないこの荒野の地の一角だった。
「…誰だ、お前」
「おや?やはりあれか、服とやらを着ていないと不自然だったか?デッサンは全く同じはずなんだがな…?」
キャトルの虚をついて現れた女は、心底、理由が判らないと首を傾げ、自分の身体を睨めまわす。
「…」
キャトルは無言でククリナイフに手を伸ばす。
きつく握りしめた手の中で、ギシリとナイフの柄が悲鳴をあげた。
目の前の相手は、何かとてつもなくヤバい。
一瞬で溢れ出した冷や汗が粒を成し、顎からポタリと地に向かい落下をはじめる。
言葉の通り、女は一糸まとわぬ姿で佇んでいるが、その首から下は夜空の闇の部分を凝り固めたかのような漆黒に染まり、その上から無垢なる純白のラインで見たことの無い魔術的紋様が四肢の先に至るまで描き刻まれていた。
「そう緊張するな。今日はただ、お前のことを近くで見てみたくなっただけだ」
「…!!」
けして一瞬たりとも目を放しはしなかった。
しかしいつの間にやら距離を詰めていた女が、キャトルの冷や汗の粒を、地に落ちる前に蛇のように突き出した舌で受け止める。
この上なく妖艶で扇情的な仕草でありながら、キャトルが目の前の女に感じるのは、ただただ圧倒的な恐怖のみ。
何より最悪なのは、結晶化した悪意の様な身体に乗っている頭が、獣の瞳を宿しているとはいえ、ジュエと全く同じ顔をしていることだった。
続く