ヴェリナード駅のホームに滑り込んだ大地の箱舟を、その到着前から足踏みして待ち焦がれ、駆け込むように予約のボックス席に飛び込んだ4人、いや、3人と1体。
プクリポの少年、ごましおと、兄貴分のウェディ、ミサーク。そしてチームメイトのドワーフの少女ウィンクルムと、強い絆で結ばれた仲間モンスターのゴレムス。
彼らはそれぞれに、このヴェリナードを囲む海の蒼に似た鮮やかな表紙の本を手にしていた。
「ちょっ…ゴレムス、もう少し詰めて、てか、席割りおかしくね?ウィンちゃんがゴレムスの隣に座ればバランスオッケーなんじゃね?」
諸事情あってゴーレムの本来のサイズに比べ大幅に身体が縮み、晴れてウィンクルムと共に大地の箱舟に乗車が可能になったゴレムスであったが、それでも大地の箱舟のシートのことを思えばかなりの巨体である。衝立てのように細長く身体を伸ばしながら、ゴレムスの隣に座ったミサークは文句を垂れる。
しかしそんな苦情もどこ吹く風、既にウィンクルムとごましお、さらにはゴレムスまでも本を開き、読書に没頭していた。
今日は待ちに待ったアスコンジャンプ掲載作品の単行本の発売日。
連載時から追い続けてきた、ウェナブルーと暗黒の魔人の激闘を収録した巻がついに発売されたのだ。
もともと自費出版にて年に一度刊行されていた頃からのファンであるごましおは勿論、熱烈なファンによる草の根宣伝活動により、ウェナブルーの勇姿は広く知れ渡り、晴れてアストルティア全土に刊行されるコミック誌にこうして掲載されるまでとなった。
その初めての、公式な単行本。
同じく熱烈なファンであるチームメンバーを引き連れて、ヴェリナードの書店に開店と同時にアタックをかけたのも、至極当然な流れである。
窮屈な姿勢ながらも、ミサークも満面の笑みを浮かべてページをめくる。
………
「これで、トドメだ!」
無機質な赤いグラスの奥で、瞳が勇気に光る。
その腕にまといし竜のアギトを模した金色の篭手が光の残滓を描くとともに、ふるわれた無数の手刀の軌跡を追って氷の刃が形成され、やがてそれらは中央の一点を結んでウェナブルーの背丈を上回るほどの氷華へと変貌を遂げた。
「くらえ!必殺、アイシクルバースト!!」
巨大な氷華を、眼前に威容を誇示する暗黒の魔人に向け押し出すがごとく、正拳を叩き込む。
甲高い音をあげて砕け散った結晶は無尽の氷の刃となり、煙のようにたなびく冷気を放ちながらウェナブルーの敵へと殺到した。
ダイヤモンドを凌ぐ硬度に練り上げられた氷の刃は暗黒の魔人の堅牢な身体を容易く打ち貫き、蜂の巣となったその全身をけして溶けない氷の檻となって包み込んだ。
数時間に渡る激闘に、ついに終止符がうたれたのだ。
「このヴェリナードで、お前を暴れさせるわけにはいかない。…だが歌おう。お前の魂がこの海に還れるように」
手向けの言葉を送るウェナブルーもまた、ガクリと膝をつく。
敵を討ち取ろうとも、迷宮を取り巻く眠りの呪いは未だ健在、しかし主に託された呪いを阻むアミュレットは、激しい闘いの中で砕け散ってしまっていた。
強力な呪いと闘いの疲労から、遂には冷たい石の床に倒れ伏すウェナブルー。
その背後から、迷宮の崩落が迫りくる。
「我が好敵手。ここで終わるお主ではあるまい」
朦朧とした意識の中で、脳裏に響く冷淡な声とともに、浮かぶウェナブルーに酷似した漆黒のシルエット。それは幻か、はたまた魂の囁きか。
アストルティア全土に渡り幾度も死闘を繰り広げたライバル、ウェナダークの声に、わずかにまぶたを持ち上げたウェナブルーの心へ、畳み掛けるように言葉が響く。
「必ず、生きて帰りなさい」
決死の覚悟の道行なれど、出立に際して投げかけられた主の言葉が、ウェナブルーことセバスを奮い立たせた。
かくして、まさしく眠りにつくかの如く崩落する眠りの迷宮から、からくも脱出を果たしたウェナブルーであった。
「…ふぅ」
「展開は知ってても、一気に読み直すと全然違うね!」
「熱い物語だったぜ」
「ゴ!!」
一様に読了し、達成感にも似た極上の感慨に耽る4人。
『…まもなく~、ドルワーム、ドルワーム』
アナウンスにふと気づけば、大地の箱舟はすっかりチームアジトのあるアズランを通り過ぎている。
「おっ、マジか!?乗り過ごした!」
「座席の延長できるかなぁ」
「問題なかったら、巡る間にもう一回読めるね!」
「ちょっと車掌さん探してくるわ~」
席を立つミサークをよそに、既に再び本を開く2人と1体であった。
~完~