「おお…」
ライティアはやがてセイロンに連れられて、さぞや名のある貴族の屋敷か、はたまた、小規模ながら劇場とも見てとれる立派な建物の前で感嘆の吐息を漏らした。
「今日はこの店でお茶しましょう」
「知ってる!あれでしょ、紅茶にブランデーとか入れて出してくれるお店でしょ!?」
「…ああ、目眩が…」
まあ、あながち間違いではないのだが、ライティアらしい快活な着眼点にセイロンは天を仰ぐ。
ともあれ、豊かなカイゼル髭を蓄えた、さながら執事のようなウェイターに連れられて、二階のテラス席に向かいあって腰掛ける二人。
「お待たせしました、バクラバと紅茶のセットでごさいます」
やがて運ばれてきた金縁があしらわれた白磁のプレートには、およそ3センチ四方の色とりどりなスイーツが規則正しく並んでいる。
あるものはパイのよう、あるものはロールケーキのよう、サイズが等しい以外は、その形状も色合いも、全く異なり、まるで整理整頓された宝石箱の中身。
「綺麗!これなぁに!?」
「それはピスタチオを使ったものね」
ライティアは目を輝かせながら、隅の翡翠色の一つを指差し、セイロンが答える前からフォークで持ち上げ口に含む。
「甘~~~い!!!」
ほんの一口サイズのそれを噛み締めると、サクッと歯が通ると共に、ヒタヒタに染み込んだシロップが洪水のごとく溢れ出す。
暴力的な甘さの中にも、幾層にも巻かれた生地と生地の間に閉じ込められた、荒挽きのピスタチオの豊かな風味があとを引く。
「渋~~~い!!!」
次の一つに向かう前のリセットとばかりに口に含んだ紅茶は、バクラバに合わせて甘みを徹底的に排しており、それでいてアルコールを飛ばしたウイスキーの風味で味に奥行を出している。
さっぱりしたところで次に口に運んだのは、ミルフィーユ状に生地を積み重ねた正方形の一つ。
黄金色のそれは、シンプルにバターの風味を強調し、食感のアクセントとして、細かく砕いたピーナッツを層の合間に挟み込んでいる。
他聞にもれず、サクサク感を出すための上半分を除き、土台ともなる下半分はやはり染みっ染みにシロップに浸されており、口の中を甘さで満たす。
「ん~~~っ!美味し~!」
「ほらほら、生地の欠片が…」
セイロンは、口許に黄金色の欠片を付けたライティアに目くじらを立てようとしたが、今日の趣旨を思い出して言い留める。
「まあ、今日くらいはね。………誕生日、おめでとう」
「ん?」
「な、何でもないわよ!」
ひたすら甘い渋い、甘い渋いを繰り返すライティアの耳には届かなかったとしても、祝いの言葉を告げた気恥ずかしさから耳を真っ赤にしながら、自らもバクラバに舌鼓をうつセイロンであった。
~完~