僅かな月の明かりのもとでも、相手の顔はよく見える。
夜目が利くことを疎ましく思う日が来るとは、思いもしなかった。
出来の悪いおとぎ話を聞かされて、困惑とも、呆けているともとれるキャトルの表情。
この身体の真実を告げる時、きっとそれは、別れの時になるだろうと分かっていた。
重苦しい沈黙の中で、思いを巡らせる。
今更ながら、どうして自分は先頃、キャトルとアイツが接吻を交わしているのを見て、あんなにも腹が立ったのだろう。
相手は規格外の化物、流石のキャトルといえども、虚を突かれたのだろう。
それでも尚、許せなかったのは、一体なんだ?
いや、やめよう。
考えた所で、仕方がない。
「どういうわけだか知らないが、アイツはお前に興味があるらしい。この大陸を出て、何処かに身を隠せ。あとは、あたしが一人で何とかする」
キャトルを過小評価しているつもりはない。
これまでに出会った、途方もない人数の冒険者たちの中で、間違いなく一番強い。
とはいえ、キャトルは賢明な男でもある。
あんな化物と今一度、好き好んで相対しようという酔狂な者ではない。
それでも今、わざわざ明確に言葉にして、キャトルを拒むのは、何故なのか?
思考を放棄したつもりでも、自分に対する問いかけが、ぐるぐるとジュエの頭を巡る。
そしてまた、自分に対する問いを続ける者は、もう一人。
先ほどの化物は、どう考えても手に余る。
模造品の竜。
なるほど、絵の具仕掛けであれドラゴンだというならば、あの出鱈目も納得がいくというものだ。
ただの見てくれでドラゴンを冠する、そこいらのトカゲの仲間とはわけが違う。
太古の昔から天空を駆け、この世界のあまねく命の営みに影響を与えてきた存在。
それは言いかえれば、神とも呼べる。
ならば、答えは決まっている。
「確かに、ドラゴンクエストは、俺の手には余る。世界を救おうなんて高尚な心意気もねぇからな」
アレを放っておけば、ろくな事にはならないだろう。
だが、事実として、それでも人の、そして5つの種族の世界は、こうして続いている。
だというのに、あえて見知らぬ誰かの為に、渦中に飛び込もうなどというキラキラした冒険譚の主人公のような思いは、自分にはない。
「そうだな。それでいい」
俺が手を引くと聞いて、心の底から安心したような表情を浮かべるジュエの顔を見て、何かが、胸にチクリと刺さった気がする。
この胸に刺さったトゲが、一体何なのかが分からない。
分からないが、それを確かめる方法なら、とりあえず一つ思いついた。
続く