「…ボス!待ち伏せです!!」
通信機を通して、先陣をきった『バイソン』の一人から通信が入る。
「想定どおりだな」
「はい!!」
「手筈通り、虚を突かれたふりをして両翼に別れろ」「了解」
ボロボロのテンガロンハットの作り出す影の中から、両側を逃げ場のない崖に挟まれた、渓谷の地の底を行く『バイソン』の面々、そして突如として現れたモンスターの群れが見える。
「…本当に現れた!」
目を細めて戦場を見つめるボスの膝下で、フィズルは双眼鏡越しにその光景を目にし、驚きの声を上げた。それはすなわち、『スコーピオン』による戦況予測がフィズルの知りうる限り初めて外れ、かつ、ボスの予想通りの展開であることを示している。
『バイソン』の面々は、巧みに陣形が崩れた様相を演じつつ、逆に敵を挟み撃ちにすべく動く。
「…しかし、死霊系モンスターの部隊とは…。どこの手のものでしょうね?」
双眼鏡越しに確認できたのは、スカルゴン、しりょうのきし、くさったしたいなどなど。
そして一様に、何故か夜の闇のような、薄暗い体色に染まっていた。
「…フィズル。こいつは保険だ。俺がしくじった場合のために、これを託す」
フィズルの問いかけには答えず、ボスはフィズルの暗号システムで作り出したメッセージチューブを手渡す。
「保険?一体どういうことです、ボス…?」
「そのメッセージが指し示す場所に、俺のククリナイフが隠してある。いざという時、『…』に対抗できる、唯一の手段になる筈だ」
今、ボスはなんと言った?
ドラゴン、と言ったのか?
ドラゴン?ドラゴン!?
フィズルは理解が及ばぬ事態に戸惑いを隠せない。
「それを持って速やかに離脱、二十分以内に俺からの連絡がなければ、撤退の信号弾を放ち、身を隠せ。…その場合、俺は死んだものと思え」
「しかしボス…」
「時間がない!いいから行け!!」
「…っ。…ボス、連絡、待ってますからね!」
今まで初めて見るボスの激昂。
慌ててフィズルは命令通り走り出す。
そしてそれがフィズルの見た、ボスの最後の姿となった。
「………結局、それきりボスからの連絡は無かった。言われた通りに信号弾を放った後、遥かな遠方から、私は大事な仲間達が黒い濁流としか表現のしようのない死霊系モンスターの群れに磨り潰されるのを、ただ眺めていた」
話を終え、うなだれた様子のフィズルにフツキはかける言葉もない。
まだ明るいレンドア、賑やかな喫茶室の中にあって、このテーブルの周りだけ、まるで異世界のように重苦しい沈黙が立ち込めるのだった。
続く