竜の身体から一瞬で飛び出した、呪詛の刻まれた黒色の包帯が巨大な拳を成したモンスター『呪帯の紋掌』の一撃を受け、キャトルは遥か後方に飛ばされてしまう。
「なぁ、諦め給えよ。もはや真にドロウモンスターの秘術を扱える者はいない。そして、ただの人間にアタシは滅ぼせない」
竜は一度吐き出した呪帯の紋掌をむしるように取り込むと、ゆっくりとキャトルのもとへと近づく。
「アタシとて、手荒な真似はしたくないんだ。アタシは竜。お前たちの願いを叶える為に描かれたのだから」
ゆっくりゆっくり歩みながら、キャトルの落としたエンシェントククリを拾い、まるで枯れ木の枝にそうするように軽々と刀身を折り、残骸を投げ捨てる。
「そうだ、取引しようじゃないか。アタシの身体を返してくれれば、お前の寿命、あと30年か?40年か?とにかくまあ、その短い間くらいなら、ジュエの姿のまま、お前のモノになってやってもいい。悪くない取引だろう?さぁ、スケッチブックは、何処にある?」
とうとうキャトルのもとへ辿り着き、いつかのように、顎に手を添え顔を寄せる。
「…」
返事の代わりに、キャトルの口許からだらりと血が溢れた。
言うものかよ。
というか、もう喋る事も出来るものか。
加減も知らない馬鹿野郎が。
岩壁に打ち付けられ、そのまま座り込むように滑り落ちたキャトルの身体。
竜の身体を貫くように飛び出した巨碗の衝突を受け、その右半身はボロ雑巾のように無惨に潰れていた。
フィズル…肝心なことは何も伝えていないが、勘と運のずば抜けたお前のことだ、不安はない。
すまない、ジュエ。
竜を倒し安全が確保できたら、あの子に、俺が父だとうちあける。
お前との約束、果たせなかった。
すまない、マージン。
何もしてやれなかった。
父親らしい事は、何一つも…。
それでも、たくましく育っていくお前を見守れた日々は、幸せだった。
あいつ譲りの爆弾好きは、ほどほどにな。
いつか必ず、奴はお前の前にも現れるだろう。
ただ平穏に生きろと、言えない俺を許してくれ。
無理は承知だが…あとは、フィズルとお前に…託…
届かぬと知りながら最後の想いを託し、ゆっくり、本当にゆっくりと、日が沈んでいくように、キャトルの瞳から光が失われた。
「…ふん、これで仕舞いか。呆気ないな。もっと早く、こうしておけば良かったか?…ああ、クソッ!!クソッ!!!アタシの身体は、何処にあるんだッ!畜生がああああああッ!!!」
もう動かなくなったキャトルの身体を更にいたぶった後、またグニグニと顔面を弄り、ダムドの顔を造り戻す。
「…絵の具が、足りない」
怒りにギラついた目で見下ろしたその先では、キャトルの指示のもと、未だ首魁を失った事を知らないサンドストームの残党が、先に放っていたドロウモンスターの一群を駆逐しつつある。
と、唐突に視界を横切るように、戦場の空へヒュルルと空を切る音とともに赤、青、青の三本の狼煙が上がった。
「ん?…撤退の信号弾?手回しの良いことだな。が、逃がすものかよ」
キャトルの亡骸に一瞥をくれると、ダムドはその全身から新たなドロウモンスターを放ちながら、峡谷へ向かおうとする。
その袖口を、最後の力でキャトルは掴んで事切れていた。
「往生際が悪い」
いくら引っ張ろうともその手は離れない。
そして苛立たしげに袖口を引きちぎるまでの数秒。
キャトルが最後につくった、その僅かな時間。
この時、涙ながらにフィズルが放った信号弾の合図を受け、退避に転じたマージンは、結果、からくも生き延びたのだった。
続く