レンドアの喫茶室に監視対象が入ってから、もう一時間は経過しただろうか?
元サンドストーム、チーム『スコーピオン』に所属していた男は苛立たしさを隠しもせずに舌打ちをする。相手がフィズル、昔の馴染でさえなければ、直接こちらも店内に乗り込んでいたところだ。
おかげで随分とやりづらい。
おまけにダムドの寄越した新しい部下は、何というか、人形のように愛想がない。
サンドストームが壊滅して以来、ダムドに付き従っては来たものの、やっていることといえばほとんど犯罪まがいの事ばかり。
いっそ、このまま抜けてしまおうか。
それこそ、フィズルに助けを求めてしまうのはどうだろう?
そう考えた所で、男の思考は靄がかかったようにあやふやになる。
今はとにかく、フィズルの監視だ。
ダムドに命じられたことを忠実にこなさねば。
つい先頃思い至った逃避のアイディアは、もはや男の頭に欠片も残されていなかった。
「…む」
するとようやく、店の入口にフィズルが姿を現した。その背中に続くかたちで、ふよふよと黒光りする巨腕が浮かんでいる。
昔からよくわからないアイテムを作る男だったが、今回は極めつけだ。
しかし、もう一人はどうした?
出てこないフツキを不審に思った次の瞬間、蛇のごとく音もなく首もとに何者かの腕が巻き付き、脊椎にトンと軽い衝撃を覚える。
男の意識はそれっきり闇に落ちた。
「…クリア」
背後から首に突き立てた麻酔薬を塗布したピックを引き抜くと同時、ドサリと意識を失った男は倒れ込む。
一仕事終え顔をあげたフツキの視線の先では、グレートフィズルガーZの人差し指がミサイルのように飛び、やはり物陰からこちらを伺っていたもう一人の男の眉間に命中した所だった。
大口を開けて失神した二人の男を、フィズルの指示のもと路端に並べる。
「レンドアの警察機構に突き出しますか?」
「うむ。だがその前に、確かめたい事がある」
そう言うとフィズルは、ポケットからアンプルを取り出した。
「敵は『スコーピオン』の残党部隊。たがしかし、真なる敵は…」
フィズルはフツキが止める間もなく、アンプルに込められた血のような赤い液体を男達の口に一滴ずつ垂らした。
途端にビクビクと不自然に痙攣を始める二人の様子を目の当たりにし、フツキも流石に不安になる。
フィズルにとっては、まさに仇というべき憎き相手なのだ。
まさか毒を盛ったのではあるまいか。
「ちょっ…こいつら大丈夫なんですか!?」
「誓って、彼らに危害を加えようとしている訳ではない。フツキ君、もう少し離れていたまえ」
とりあえずはフィズルの言葉を信じ、様子を見守っていると、やがて激しく咳き込み、揃って黒い液体を吐き出した。
小さな拳大の2つの液体はうにうにと蠢き、やがて繋がりスライムのような形を成す。
そこを間髪入れずにグレートフィズルガーZが掴み上げ、そのまま掌の中央にある穴から吸い込んでしまうと、暫くして排泄するかのように黒い液体をなみなみ満たした透明な円柱状のケースが射出された。
その頃には未だ意識の残らぬ二人はすっかり元の通り、大人しく気絶している。
あとは他人任せにするつもりらしく、フィズルは『叩けば埃が出る身』と書き添えた大きな紙を男達の顔面に貼り付けている。
その後、フィズルはケースを拾い上げ、フツキにもよく見えるよう日に晒す。
「これが、我々の真なる敵」
「…スライム、ですか?」
「スライム?もっとずっとヤバい代物だよ、これは。そして…ふぅ、我々がこれから向かう場所も、相当にヤバい場所だ」
そういえば、ナイフを回収しに向かう先の情報を、フツキはまだフィズルから聞かされていなかった。
「うむ…ボスがナイフを隠した場所…それは…」
ここへきてもフィズルはやけに溜めて話す。
それは勿体ぶっているというよりは、恐れているような…
事実として、フィズルはすっかり冷や汗にまみれていた。
知らずのうちにフツキもフィズルから伝わる緊張からゴクリとつばを飲む。
「私の実家だ」
白昼のレンドアに、フツキが派手にずっこける音が大きく木霊するのだった。
続く