「ハンマーの打面に馴染ませておくといい」
「これは…先程ティードに飲ませた液体だな?」
「レンドアの雑魚と、ティード。もう少し臨床試験をしたい所ではあったが…。まあ、効果は問題あるまい」
「これは一体何なんだ?」
「はるか昔、我らと同じく模造品の竜に挑んだ偉大な男曰く、奴にとっての猛毒なのだそうだ」
フィズルは在りし日のキャトルのナイフを思い出す。当たり前ながら、武器の手入れを怠ることなどなかった彼だが、唯一、エンシェントククリの先端、切先の僅か数センチだけが錆に埋もれていた。
『いつの日か、この錆びた切先でしか葬れない敵がやってくる。俺はそれを、ずっと待っているのさ』
それ以上、フィズルに深くは語らなかったキャトル。恐らくは突き立てることの出来なかったエンシェントククリ、折れて転がったその切先を、フィズルはサンドストームの散ったあの峡谷にて、キャトルの亡骸を探す過程で手に入れたのだ。
「…まるで血のようだな」
そのものズバリ、血なのだよとは触れずにおくフィズル。
誰のものでも良い訳ではない。
恐らくは、ドロウモンスターの技巧を生み出した血族の血。
もちろん、フィズルが量産したものは、ナイフの欠片についた錆を研究し作り出した、これまたやはり模造品である。
「…良かった良かった。てっきり、馬鹿でかい竜とボスのナイフだけで戦わないといけないかと、ヒヤヒヤしてたところだ」
二階の手すりに頬杖をついてフィズル達を見下ろすマージン。
その傍らにはフツキも立っている。
「ティードさん達の容態も落ち着いた。あとの見守りは仲間モンスター達に任せても問題ないだろう」
アカックブレイブに伝えながら、テキパキとスーツの節々をチェックするフツキ。
その時、けたたましかった外の水音が止み、代わりに、建物越しでも圧倒的な威圧感が伝わってくる。
融合と復元が、完了したのだ。
『ふははっ!遂に…遂に我が身体、取り戻したぞ!!!』
バサッと大きく羽根を広げる音と共に、風圧でビリビリとゲストハウス全体が揺れた。
そのまま2度、3度、羽ばたく音が響き、次第に遠ざかっていく。
「おっ、奴さん、俺達にはもう興味ないみたいだな。どこぞの国の軍隊にでも、丸投げしちゃおっかな~?」
そして、マージンは階段を降りながら、やや芝居がかって語りだす。
「ふっ…」
「冗談だろ」
「嘘の下手くそっぷりが過ぎる」
口々のツッコミに、コホンと一つ咳払い。
「おっほん、大棟梁、ひいては魔法建築工房の作品ってやつは、ほんっと、微に入り細に入り、よく出来ててな」
マージンがパンと手を合わせると、一階の広間突き当りの絵画がマイタウン全土の設計図に転じた。
「これは…!マホカトールか!!」
図面を見て真っ先に気付いたのは、やはり魔法使いでもあるフツキであった。
「その通り。それぞれの番地の建物と、湖に建てられた花火台の3基うち2つ、それらを結ぶ五芒星。少々歪ではあるが、バッチリ機能する…らしい。面白い仕込みだろ?ああ、もちろんうちのモンスター達はピュアな心の持ち主だから、大丈夫!」
「むしろお前のほうが浄化されそうで心配だ」
「だな」
「うむ。マフラーしか残らんのじゃないか?」
的確なフツキのツッコミも冴え渡る。
「…まあいい。有り難いことに、こいつは地脈から魔力供給を受けて作動する。海底離宮でも散々お世話になった方式だな。さ~て、ポチッとな」
ツッコミへの反論はぐっと飲み込み、ロマンから渡されていた起動スイッチのレバーを押し込むと、ごく僅かにミントの葉をすりつぶしたような、澄んだ香りと、清々しい空気が吹き抜ける。
と同時に、ゲストハウスの扉の更に向こう、マイタウンの湖上の方角からバリバリと落雷のような光と音、魔法障壁に模造品の竜が衝突した衝撃が伝わってきた。
「流石に消滅はしちゃくれねぇか」
マイタウン全体に展開したマホカトールを結界代わりに、模造品の竜を閉じ込めることに成功した一同は、ゲストハウスの扉を前に肩を並べる。
「そんなの、肩透かしもいいとこだ。さぁて、俺のスーツがどれだけ通用するか」
「うむ。ドラゴンとやら、一生に一度は殴ってみたいと思っていた。手応えが楽しみだ」
「…やれやれ。血気盛んなのは良いことだがね。きっと今のでブチ切れてるぞ?私は牢屋で寝てるべきだったかもしれん」
思い思いに呟き、ウォーミングアップしながら、ゲストハウスの扉を開け放ち、外へと繰り出す4人であった。
続く