「さて…。何だかな。懐かしいってのかな?不思議な気分だ」
爆風に煽られて宙を舞いながらも、鮮やかに身をこなし造作もなくスマートにゾンビはマージンの前に降り立った。
間抜けにも海藻の垂れ下がるテンガロンハットの切れ目から、黒に染まった虚ろな瞳がマージンを突き刺す。
まるでマージンが腰に下げたナイフを手に取るのを待っていたかのように、構えた所へ飛びかかるゾンビ。その手にはエンシェントククリと、折れたグラディウスの代わりに再びソードブレイカーが握られている。
「よくこうして…みっちり特訓させられたっけか…なっ」
ククリの斬撃をいなし、ソードブレイカーの切っ先をすんででかわす。
生前の記憶に基づいているらしく、そのやりくちはマージンにとても馴染み深いものだ。
そして、本人であれば加えてきたはずの応用も機転もなく、この場で唯一、その癖を知っているマージンだからこそ、受け続けるのは造作もなかった。
ティードを妻に迎え、ハクトが生まれて。
父を知らないマージンにとって、日々成長する息子との接し方がわからず戸惑っていた時にふと思い出したのは、キャトルと過ごした時間だった。
そんな郷愁にかられている間も絶え間なく、マージンとゾンビの間を幾重に白刃は巡った。
やりとりするのは白球ではなく命なれど、まるでハクトとキャッチボールをしているときのような、不思議な時間が流れる。
「…なんなんだろうな、ほんと。全部、今日のために準備されていたような…」
マージンはけしてフツキよりも、ナイフの扱い、またそれへの対処が優れているわけではない。
爆弾だけではいざというときに身を守れないと、暇を見つけては嫌というほど付き合わされたナイフの鍛錬。
それがあったからこそ、今このとき、渡り合うことができている。
そして、それを上回ることも。
まるで全て、ボスが見越して準備していたような気すらしてくる。
「済まない。あんたに振るうために手に入れたわけじゃないんだが…」
既に幾度となくマージンのナイフはキャトルの体をかすめている。
そのたびに黒い液体が飛び散るが、ナメクジのように這い戻り足先から融合して、ダメージは与えられていないようだ。
両手で振るっていたナイフを左手一本にしかと握り直す。
片手で耐えられるのは一撃か、二撃か。
その短い間に腰のエンシェントククリを右の逆手に抜き放ち、攻撃のスイッチに対応される前にゾンビの左腕を切り落とす。
悲鳴は上がらない。
だが、結果は劇的だった。
切り離された断面が燃え上がるようにあぶく立ち、腕を成していた液体が指先へ向け消え失せていく。
あとには年季を経た白骨が残されるのみ。
「やはり、効果は抜群みたいだな」
切り落とされた腕の側だけではなく、残るゾンビの本体の方も、表皮全体がまるで切断面から逃れようとするように波打つ。
もはやマージンに攻撃を仕掛けるどころの騒ぎではない。
「…ボスのそんな姿は見ていられねぇ。これで、仕舞いだ」
これがエンシェントククリに染み付いた、『血』の効果であるならば。
狙う場所は決まっている。
血の源となる一点。
もはや人の形を放棄し、流れ散る黒き液体を触手のように伸ばし振り回すゾンビの攻撃を掻い潜って、マージンはその左胸をエンシェントククリで刺し貫いた。
パン、と弾けるような音とともにゾンビの腐肉は弾け消え、残された白骨ががらがらと崩れ落ちるのだった。
続く