今度は蝋燭の灯りが頼りなくくすぶる、薄暗がり。
隣の部屋へと続く扉がうっすら開いており、隣室の明かりとともに、キャトルとジュエの会話が舞い込んでくる。
「…最初は微かな気配だった。だから気のせいだと思った。だが、どんどん強くなっている。…奴は、まだ生きている」
「あの時の首か…」
「渇いて消えると思った。判断が甘かったんだ…。小動物、モンスター、やがては人へ。寄生し、血を奪い、存在を繋いだんだろう」
ぎりっと噛み締めた歯が唇を巻き込み、ジュエの口許に血がにじむ。
「…お前はマージンと身を隠せ」
「馬鹿言うな!お前一人でどうするつもりだ!!」
「お前こそ、もう戦うのは無理だろう。…俺が気付いてないと思ったのか?」
「…っ!」
キャトルの指摘に、ジュエの声が詰まる。
マージンの脳裏に、病弱だった母の姿が思い出された。
「必ず奴は、身体を封じられているスケッチブックを取り戻そうと接触してくるはずだ。昔のツテを頼りに、チームを作って待ち受ける」
「相手はドロウモンスターだぞ?頭数だけでどうにかなるものか!」
「このナイフがある。あの時、お前の血が染みたこのナイフは、奴にも届く」
怒りに近い感情を滲ませて止めようとするジュエに対して、キャトルはあくまで淡々と説いて伏せる。
話の続きに聞き耳を立てながらも、まるで決まった事のように抗えない眠気がマージンを襲う。
「…坊主、名はなんて言う?」
ぱちりと目を開けると、目の前には懐かしのボスが立っていた。
「マージン」
口が勝手に開き、声が飛び出す。
これは、母の葬式の日の記憶だ。
「そうか。いい名前だ。…これをお前にやる」
まだ幼いマージンの背丈に合わせてしゃがみ込むと、マージンの首もとにギンガムチェック柄の薄手のマフラーを巻き付ける。
「昔、俺がお前の母さんから貰ったモンだ。これから行くところは砂嵐が多い。重宝するだろう」
「ちょーほー?」
「ああ、そうか、難しいな…」
咄嗟に難しい言葉を使ってしまった反省に頭を掻きながら、キャトルは苦笑いを浮かべた。
「大事にしろってことだ。…おい、フィズル」
「へい」
キャトルの呼びかけに、派手なバンダナにぐるぐる眼鏡を引っ掛けたプクリポが姿を見せる。
「マージン、今日からコイツがお前の面倒をみてくれる。ほら、ちゃんとその、何だ、挨拶しろ」
「よろしくな、オッサン」
「オレはまだオッサンじゃねぇ!!」
事実としてまだ若々しいフィズルはマージンに憤慨する。
「はっはっはっ!!いい挨拶だ!…早速で悪いが、少し任せるぞ」
その様にひとしきり笑ったあと、フィズルのもとにマージンを残し、姿を消すボス。
今ならばわかる。
ボスの歩み去った先、その方向には、母の、ジュエの墓がある。
この後、フィズルがマージンの退屈しのぎに付き合わされ、夕方過ぎてすっかりノックアウトされるまで、ボスは母に別れを告げていたのだ。