「…はっ!?」
そんな幼き日の感傷に浸る間もなく、また時間が飛んだ。
「ここは…」
ここへ来てようやく、己の身体がすっかり見慣れた姿になっている。
いや、少し若いか?
しかし今度は、身体の自由も効くようだ。
それが何よりもありがたい。
そしてここは…。
あの日の、あの場所。
「…?おい、何処へ行くんだマージン!?」
たとえ現実ではないとはいえ、悪いとは思いつつもサンドストームの仲間の声を無視して走り出す。
ボスが、キャトルが、この時、この場に居たはずだ。居たとするならば、必ず戦況を見渡せる場所。
現在のマージンの経験値を全て注ぎ込んで、キャトルが居るであろう場所を推測する。
過去とも夢とも幻覚ともつかないこの世界で、果たしてキャトルに会ってどうしようというのか?
俺はもっと、ドライな性格だったんじゃないのか?
ヴェリナードでフィズルのおっさんに、あれだけ啖呵切ったのに?
ぐるぐると頭の中に様々な逡巡が巻き起こるのと裏腹に、足は止まらない。
むしろどんどん加速して、気付けばこの場所に辿り着いていた。
「…どうした?何故ここにいる?」
ボロボロのマントを羽織った後ろ姿。
「…」
男の背中を見て、涙が出そうになるなんてのは、生まれて初めてだ。
今この瞬間、こんなにも、確かに胸は痛いのに。
あの日。
こんな事は、起きなかった。
起きなかったんだ。
俺はもう、失った。
だから、今ここで、やるべきことは………
「どうした?マージン。悪いが、もうすぐ客が来る。早く離れろ」
「…」
マージンの開きかけた口が、言葉を紡げずまた閉じる。
「聞こえなかったのか?…早く、ここから、逃げるんだ」
キャトルは諭すように繰り返す。
『あんたこそ、逃げてくれ』
涙が頬をつたう。
天を仰いで、本当に伝えたい想いを無理やり飲み下す。
そしてマージンは、ようやく言葉を絞り出した。
「教えてくれ、ボス。竜を倒すには、どうすればいい?」
マージンの言葉に振り返ったキャトルは、驚いた表情を浮かべていたが、何かを悟ったように語りだす。
「絵ヲ、台無し二す、るんだ」
正確な記憶の再現ではないからだろう。
急にキャトルの言葉は声色から何から、継ぎ接いだように不安定になる。
「いや、もっと具体的に…」
そして意味不明という所が一番の問題だ。
「ナイフは重ヨウじゃ、ナい」
「ますますわからん!?」
キャトルの二の句に、マージンはより混迷の闇に落ちる。
「塗リ替えテ、別の物にしテしまえばいインだ。ジュエの血だけが、それを為す」
「いや、もう母さんは…」
「そこに居る。母さんも、俺も、そこに」
まっすぐ、キャトルがマージンの胸を指差す。
つられて自らの胸元を見下ろしていると、ぽんぽんと軽く頭を叩くように撫でられた。
「…ようやく、間違えなかったな。それでいい。それで、いいんだ」
キャトルのその言葉に、マージンは思い出す。
ずっとずっと、もう何度も何度も繰り返し、同じ悪夢を見させられていたのだ。
この地に辿り着き、キャトルに逃げてくれと伝えて、しかし、現れたダムドに二人まとめて葬られ、また母の胎内に戻る。
そんな、捻れて狂って繋がった終わりのない夢を。
「さぁ、行け」
再び始まりに夢を捻じ戻すべく、マージンの方へ近付いてくる不気味な足音の前に、キャトルが立ち塞がる。
トン、と背中を押されたと思った瞬間、マージンの体は猛スピードで空へと舞い上がっていく。
それはどこか、バシルーラの感覚にも似て。
空中でがむしゃらに伸ばした手は、やはりキャトルには届かない。
遠ざかる背中へ咄嗟に呼びかけようとして…ふと気付く。
何と呼べばいい?
過去、何度となく言葉を交わしたはずのキャトルを呼ぶ言葉が、今のマージンには浮かばないのだった。
続く