「…ぐぬぅ!?何だ?」
繭が破られたことで、模造品の竜も目を覚まし、丸めていた身体を大きく開き伸ばす。
衝撃を感じた方を見やると、眠らせたはずの3匹の塵芥がこそこそと蠢いている。
「よくもまあ覚醒めたものだ。本当に本当に、理解に苦しむ。我の慈愛を受け入れぬと言うならば、よい。…消え失せろ」
言葉とともに、竜の口元にあぶくが浮かび上がり、ぼこぼこと膨れ上がって漆黒の火球を成していく。
「退避!全力で退避だ!」
「お互い、誰が狙われても恨みっこなしですよ!」
遥か海上に位置する竜の言葉が聞こえたはずもない。だが、その先は当然の展開と想定していたフィズルとフツキは二手に別れて遁走する。
ただ一人、アカックブレイブは間近の轟音に左耳から血を流し、背中からは魔装が焼け焦げた煙をたゆらせながらも、腕を組みその場に悠然と仁王立つ。
「我を前にあまりに不遜。消え失せよ」
どれから片付けようかとほんの少しの逡巡の後、アカックブレイブ目掛け火球が放たれようとする。
「…余所見している暇があるのか?ふふっ、だから、馬鹿に足元をすくわれる」
アカックブレイブは遥か海上から漂う熱気を感じつつも、模造品の竜目掛けて一直線に突き進む白煙を見つめ、ニヤリと笑った。
「やいこの性悪クソトカゲ野郎!文字通りケ○の穴かっぽじってやるから、覚悟しやがれ!!」
「な…!?にぃ!!?」
虚を突いて響いたマージンの声に竜が下を向いた時にはもう遅い。
マイタウンの湖上、マホカトールの2柱ともなった花火を打ち上げる為の砲塔は、全部で3基ある。
マホカトールには使われなかった残りの一基は、未だ健在であったのだ。
そして、竜が繭を張ったのは、まさにその直上。
グレートフィズルガーZに跨り海上を進み、マージンは砲塔まで辿り着くと、弾丸替わりにグレートフィズルガーZを詰め込んで射出したのだ。
そして天を殴らんと突き進む鋼鉄の拳にロープを結わえ、マージン自身も舞い上がる。
「少々驚かされたが、他愛なし」
竜はアカックブレイブを目掛け飛来するはずだった火球を、直下のマージンに向け吐き戻す。
「…!マージン、逃げろ!!」
そんなことは出来ようもない事は分かっている。
それでもフツキは叫ばずにはいられなかった。
「あんたの言葉、信じるぜ!父さん!!」
マージンは迫る漆黒の火球をしかと睨みつけ、躊躇いなく突っ込んだ。
マージンを包む熱気、しかし次の瞬間、火球は内側から弾かれるように飛び散り、消失する。
その光景は先頃、血清弾で竜の繭が散った様、そのものだった。
「何故だ!?」
今度こそ驚きに目を見開く模造品の竜。
「さぁて何でだろうねぇ!?神気取りのドラゴン様でも分かんねぇことがあるんだな!こいつは傑作だ!!」
先頃、ナイフを破壊しようとした時のあまりにも重い手応え、そして今、マージンが不遜に睨みつけてくる表情が、その釣り上がった凶暴とも言える目線が、模造品の竜の記憶の中でジュエとキャトルに結びつく。「まさか…お前は…まさか!やめろ、近付くな!」
慌てて飛び退ろうとする模造品の竜だが、もはや全てが遅すぎる。
マージンは模造品の竜が避ける間もなく最短距離を突き進む。
「コイツはサービスだ。ボスの分も存分にかましてやれ、マージン!!」
フィズルは遠く海上、宇宙へ向かいまっすぐに登るマージンに手向けとばかりに懐の隠しボタンを押し込んだ。
「おおっ…!?」
勢いは止むことなく、しかし唐突にグレートフィズルガーZがぱっくりと縦に割れ、マージンの右腕を包み込む。
「そうだマージン!いまやお前が、お前こそがグレートフィズルガーZとなっている!これぞ義兄弟、絆の一撃!!」
括り付けた紐で引かれる状態よりは遥かに方向調整がしやすくなったものの、しかし多大な問題が一つ。
「おおっこりゃなんとも…ぶん殴りやすいけど…!ちょっ、これ!あつ、あっつう!!?ぶあっ…!?」
グレートフィズルガーZの肘から噴射される推進フレアがマージンの顔面を直撃し悲鳴が上がる。
「あ~、うむ。…改良の余地ありだな」
「流石にこれは、いい気味だとは言えん…」
素直に設計ミスを認めるフィズルと、安らかに眠れとばかりに静かに合掌するフツキとアカックブレイブ。
しかして、少しでも熱から逃れるため鋼鉄の鎧をまとった右拳を掲げたまま、マージンは宣言通りに竜の股座へ突き刺さるのだった。