インパクトの瞬間、殴り付けたというよりは、パンパンに張り詰めた水風船に突っ込んだような不思議な感触とともに竜の体内に潜り込む。
水風船と感じたのはあながち間違いでなく、途端に強烈な腐臭を放つ粘り気ある液体にまとわりつかれる。しかし、気持ちの悪さも一瞬で、蜘蛛の子を散らすようにマージンに触れたそばから、液体は弾けるように霧散する。
「いける!いけるぞ!!」
確かな手応えとともに、目指すは竜の心臓、ただ一点。
マージンは知る由もないが、外から見る3人にとって、それは凄まじい光景だった。
ああ、今そこにマージンがいるんだな、とハッキリと見て取れるほどに、模造品の竜の身体が腹部から順にふうせんドラゴンの如く歪に膨れ上がり、さらには膨張に耐えきれず弾け飛ぶ。
「なんだかよく分かりませんが…やはり最初っからマージンを大砲に詰めとけば良かったという話ですか?」
「そうとも言えるねぇ」
「たまには役に立って貰わんとな」
うっすら囮として死すら覚悟していたフィズルとフツキ、アカックブレイブは緊張もとけ、各々座り込んでは通信機で好き勝手言いたい放題である。
『そこ!バッチリ聞こえてるからな!!』
流石はフィズルの作、こんな状況下でも3人の声はしっかりマージンに届いている。
悪態をつきながらマージンはある一点を目指す。
それは、父の導きか、母の呼ぶ声か。
模造品の竜の体内に突入した瞬間から、自分が何処へ向かうべきか、まるで引き寄せられるように身体が進む。
「…!」
やがて辿り着いたそれは、闇の中にあってなお赤暗く光る球体。
「あれが竜の…心臓…!」
マージンは勢いをそのままに鋼鉄の掌で球体を掴み取り、模造品の竜の体内から飛び出した。
「よせ…やめろォ…」
巨躯は既に弾け飛び、とはいえそれでも巨大ではあるが、もはや再び首を残すのみとなった模造品の竜が弱々しい呻き声を漏らす。
これは散っていったサンドストームの仲間への弔いではない。
アズランの思い出の酒場を吹き飛ばされたクマヤンとマユミの復讐でもないし、父と母の仇討ちでもなければ、ティードとハクト、フライナを傷付けられた恨みを晴らすためでもない。
マージンも、フィズルも、フツキも、アカックブレイブも。
この場にいる誰しもが、邪竜を倒すべく運命づけられた伝説の勇者などではない。
ただの一介の冒険者達が、偶然の積み重ねの果てに辿り着いた今日このとき。
ただ、この先の未来のために。
気の遠くなる程の昔から、皆がそうして託し、託されてきた帰結が、今ここにある。
だから。
「そいつは出来ない相談だ」
マージンは抉り取った模造品の竜の心臓を、躊躇いなく握り潰した。
「か…はぁ…あ…かわ…く…我が…消えて…いく…あぁ…」
以前のように、封印されたわけではない。
模造品の竜の心臓はマージンの手により完全に弾け散った。
そのため、さらさらと砂の城が風に散る如く、残されていた模造品の竜の首も霧散していく。
射し込む陽光に照らされて、古から続く宿願は、ついに果たされたのだ。
しかしその一番の立役者といえば。
「たぁ~すけてぇ~~~…」
すっかり燃料のきれたグレートフィズルガーZの重量も相まって、海面目指して急降下するマージン。
「しまらねぇなあ…」
「ええ、まったくです」
「情けない…」
脅威が去った空に響く叫声に各々冷たい感想を述べる3人。
「とりあえず、のんびりコーヒーが飲みたいですね」『あああ~…助け~…』
「ボスの亡骸も弔わなければ。しかし流石に疲れた、庭の片付けも後回しにして、傷の手当とティータイムにしようじゃないか」
「マージン、いい豆持ってますかねぇ?」
「それなら、レンドアで買った豆がある」
「それは僥倖。私もご相伴にあずかろう」
『ちょ…ほんとに誰か…何とか…ねぇ!?聞いてる…?おばッ…!!!』
たなびくマージンの悲鳴と立ち昇る水柱を背に、2番地のゲストハウスへと歩みを向けるフィズルとフツキ、アカックブレイブであった。
続く