フツキの手により、そのまま乱暴に扉が閉められる。「あぶねぇあぶねぇ、バウム先生、懲りずにまたあのスティック作ったのか?いや、ただのフェイクかな?」
一時的に新郎の控室として使われている、本来は虎酒家の女将であるミアキスの私室。
その更に奥、住み込みの従業員を雇ったときなどに使われる部屋に続く扉をマージンはじっと見つめた。
かつてはごましおとハクトが滞在したその部屋は、今は新婦の控室として、今まさにティードが身支度の真っ最中だ。
さすがにそんな中に頭を突っ込めば、頭蓋を割られる程度では済まない事はマージンにもわかる。
退屈に唇を尖らせつつも、どかっと革張りのソファーに腰掛け、大人しく時間を潰すことにするのだった。
「「…これはちょっと…」」
まさにちょうどその頃、新婦の控室の中。
神妙な面持ちで大人しく座る新婦の両サイドに立つ、アストルティア中に名を轟かせるアイドル、テルルと、自称次期妖精女王のマユミは、3人並んで写り込む鏡を覗きながら、羨ましさから言葉をハモらせた。
マユミはひらひらとはためく羽根から光の粒を散らしながら、妖精であるマユミの小さな身体と比較すると、まるで座布団のようなメイクパフを携えて、テルルの指示のもと手ずからメイクを終えたティードの顔を見つめる。
勿論招待客の一人でもあるマユミもまた、普段の舞い易い薄手のドレスでなく、いずれ妖精女王を継ぐ時(予定は未定)の為に密かに用意していた艶やかな金細工のサークレットを纏い、すっぽりとつま先までを隠す淡いピンクのドレスに身を包んでいる。
一方のテルルはといえば、流石に普段の煌びやかなダンスにも適したステージ衣装はなりを潜めてはいるが、しめやかなオペラ歌唱の際などに用いる、荘厳さと華やかさを絶妙なバランスで共演させた真紅のドレスで着飾っている。
「えっ、どこか変?やっぱり似合わない?もういつも通りスッピンでいいんじゃないかな?」
顔には迷彩塗料しか塗った事が無い。
隣で、うんうん、ですよねと頷くセ~クスィ~は置いておいて、ティードからそんな衝撃の告白を受け、急遽、メイク係を買って出たテルルとマユミであったが、その仕上がりに、今度は良い意味で驚愕していた。「いやそういう意味じゃなくて。なるほどね、要らないわけだわ…。う~ん、負けた…」
思わず自らの頬に手を当て、テルルがため息をつく。
メイクを始めてまず気付いたのは、素材の良さだ。
とにもかくにも、きめが整い、水分量も最適なバランスに保たれたティードの肌は、抜群に化粧のノリが良い。
施した、いや、施すことができたのは、あくまでも素材を生かしたごくごくシンプルなメイクのみ、しかしそれですら蛇足なのではないかと思えるほどに。
知り合うきっかけとなった『オガ夜会』に参加した時でさえ、ティードは着飾りこそしていたもののメイクは無しだったことに、テルルは今更ながら思い出すというよりは気付かされる。
それも納得がいくというものだ。
「自信持ちなって。貴女は、アストルティアの中で一番美しい花嫁よ」
よいしょっととマユミの身にはとても重たい化粧道具を仕舞い込むと、マユミは、未だ鏡に映る自分の姿を怪訝な表情で見つめるティードに、にっこりとほほ笑むのだった。
続く