「何でだっ…!!」
そうしてマユミが大役をこなす中、相棒のクマヤンはというと、何故だかタキシードの上から強引に渡されたトラシュカのエプロンをつけ、厨房に立っていた。
かつてハクトが身に着けていたそのエプロンは、オーガの中でも体躯の良いクマヤンには当然ながらとても小さく、ぴっちぴちに生地が張り、なおのこと哀愁が漂う。
「筋が良いね。独学かい?」
目に見えない速さで食材を刻むミアキスの横で、ぼやきながらもクマヤンは豪快に中華鍋を振るう。
「ええ、まぁ、そんなところです」
クマヤンは会場に着くなり、両手のマメからクマヤンの生業をよみとったミアキスに連行され、来客数に対して圧倒的に人手の足りない厨房に軟禁されてしまったのだ。
「自分の酒場が潰れたら、すぐにおいで。いつでも雇ってやるよ」
「………友人のハレの日に縁起でもないこと言わんでください」
賑やかに談笑を続ける来賓たちの喧騒をよそに、クマヤンの闘いはまだまだ続く。
「さぁ、次の皿が仕上がったよ!ライティア!!」
「あいよ、女将さん!…ところでこれなぁに?」
胡麻がタップリとまぶされ、香ばしい香りを放つ黄金色の饅頭がデフェル荒野のピラミッドの様に積み上げられている。
そのクマヤンの上半身ほどの巨大なピラミッドの詰まれた大皿を、ライティアは左手で軽々と支え上げ、あまつさえ空いている右手に素早く一つ饅頭を掴むと、ホクホクと湯気を上げるそれに一口齧り付く。
「胡椒餅だよ。って、言ってる傍からつまみ食いしてんじゃないよ!早く持ってきな!!」
「ふぁ~い!!」
カリッとした食感になるまで外側を焼き上げた生地の内側にミッチリと詰められた、胡椒や五香粉のスパイシーな香りを纏い、甜麺醤をベースとした甘みそで味付けされた豚の角切り肉を口いっぱいに味わいながら、ライティアは元気に返事をするのだった。
テーブルに辿り着くまでのわずかな道すがらに、皿の上の胡椒餅は既に5個ほどがライティアの胃袋へと姿を消している。
「へいお待ち!…って、もうテーブル置くとこないじゃない!」
所狭しと料理の並んだ長テーブルを前に立ち尽くすライティア。
「こうしてみると、ウェイトレスも板についてるわね。一つもらうわよ」
背後から忍び寄った長髪の少女は、そっとすくいあげる様に優雅な仕草で胡椒餅を手に取る。
「あっ、セイロンちゃん!手伝ってよぅ」
「嫌よ。みんなすごい勢いで料理を楽しんでるから、そのうちテーブルも空くでしょうよ。それまでそうして持ってなさいな。…あら、これ美味しいわね」
幽霊列車の件でマージンと袖振りあったデスマスターの少女、セイロン。
ライティアのツレと見做されるのは嫌だ、などと言いながらも、流石にパーティ会場に背負ってくるわけにはいかない蒼薔薇をあしらった鎌を置いてくる代りに、方々に蒼、白、薄紫の薔薇の花飾りが添えられている以外は、色合い違いでライティアとお揃いのドレスに身を包んでいる。
「うぅぅ、ケチ」
口を尖らせるライティアに、小柄な二人組が近づく。「「お久しぶりです、師匠!」」
「おお、ベビーパンサー達!その後も鍛練は怠っていないだろうね?」
かつて、僅かな間ながらも稽古をつけた弟子たちの姿に、ぱあっと笑顔の花が咲く。
「もちろん」
「も、もちろんでふ」
修行の日々を思い出し、師匠への敬意に畏まるハクトに対し、ごましおはというと、チームメンバーに用意された紋付き袴にかしこまりながらも、プクリポの身長では見えづらかったはずだが、ライティアの皿の上の胡椒餅を目ざとく捕捉し、すかさず飛び上がって両手に一個ずつ掴んでは、交互に口に運びご満悦である。
「ごましおくん、口元、タレがついてるよ」
「え?ホント?拭いて拭いて」
「しょうがないなぁ」
ごましおに付き添って来た彼の保護者兼チーム仲間、ミサークはというと、メモとペンを手にテーブルの料理を片っ端から記載し、調理のコツを盗もうとミアキスの周りをうろうろしている為、代わりにハクトは懐から取り出したハンカチでごましおの口元を拭ってやる。
そこへ、歩み寄ったフツキが話しかけた。
「ハクト君、そろそろ時間じゃないかな?マージンもさっきから、しびれを切らしてる」
「うんうん、新婦の準備もばっちりよ!」
早く来客たち、ひいてはマージンにティードの晴れ姿を見せたいと、マユミとテルルもせっついた。
「あっ、もうそんな時間なんですね。行ってきます!」
柱時計を見やり、ハクトはいそいそとマージンの待つ控室へと姿を消すのだった。