「団長!あぶねぇっ!!」
魔公王イシュラースと真っ向きってぶつかり合う紅天のシャクラの側面を突いて迫りくる金色の竜頭。
「私は魔王なのだ、よもや、卑怯とは言うまいね?」一向に優劣の決しない鍔迫り合いに痺れを切らし、魔公王イシュラースは自らの権能たる次元の裂け目、三日月の深淵(アビスモ・デ・クレシェンテ)の奥底から、金色に輝く伝説級の魔物、グランドラゴーンの首を二本召喚し、ぐるりと回り込むようにけしかけたのだ。
「ガハハっ、結構、結構ッ!お主こそ、卑怯とは言うまいなぁ?」
絶体絶命に見える状況で、紅天のシャクラはなお豪快に笑い飛ばす。
「悠長な…んっ!?」
虚勢と切り捨てようかという刹那、魔公王イシュラースの耳は風を切る鋭い音を捉える。
「双頭蛇!」
紅天のシャクラと魔公王イシュラースの間を這うように飛来した緑の矢は直前で真っ二つに分かれ、大きく開かれていた竜のあぎとを上下から縫い合わせた。
「よっ、ほっ!」
牙さえ消えれば、あとは流れ来る丸太に等しい。
グランドラゴーンの頭蓋を踏み台にして天高く跳躍する。
「自ら隙きをつくるか、粗忽者が!」
イシュラースの命に従い、隙だらけのシャクラに向かって残る金色の竜頭が迫る。
「させるかよ!」
しかしそこは、先の警告を飛ばしすぐに駆け付けていたムジョウがフォローに入る。
エルトナの風を感じる武者装束、そんなムジョウの姿にはいささか不釣り合いな古代文字の刻まれた大剣が青白い輝きをまとった。
「ムジョウ!駄目だ!!斬るな!」
「…ンなこと言ったって、しょうがねぇだろう!」
戦士団の弓使いレオナルドの制止も虚しく、ムジョウは超重量の大剣で、はやぶさに切り結ぶ。
やはり金色の血飛沫を放ち、寸断された竜の頭と首の一部が宙を舞う。
その様子を、シャクラはイシュラース以上に苦々しい表情で見つめた。
「好機は逃した、やむを得んか!」
防御の構えを取られたとて押し込むつもりで威力を増すべく宙に躍り出たシャクラであったが、対するイシュラースも流石の傑物、考えを読み、シャクラの斬撃がぶつかる寸前の一瞬に先んじる事に賭けて向かい討つ構えを見せていた。
「流石、最前線まで出張る魔王殿は思い切りが良すぎて困るぜよ。…せぇい!」
シャクラはイシュラースへの攻撃を諦め、足場もない空中で筋肉の力だけで強引に回し蹴り、ムジョウが斬りふせ依然宙を舞う竜頭を、魔公王イシュラースの周囲にマントのように漂う三日月の深淵(アビスモ・デ・クレシェンテ)の闇の向こうへ蹴り飛ばす。
無理な動きもそこまで、残る金色の首の一部までは手が回らずそのままドサリと地に落ち、シャクラもまた着地する。
その間に、イシュラースはすっかり小高い丘の上へ姿を移し、シャクラ達と距離をとっていた。
「この肉片も持っていけぇ!!」
「君たちの懐はけして豊かではなかろう。手向けとでも思ってくれたまえ」
「売れるかぃ、こんなモン!!だいたい貧乏所帯はお互い様じゃろがい!」
「痛いところをついてくれるものだ」
けらけらと苦笑いを浮かべてから、その姿は軍勢ごと霞と消えるのだった。
「すまねぇ、団長」
撤退を見送って十二分に時間が経ってから、ムジョウはシャクラに失策を詫びる。
「仕方無か。ワシじゃって同じことしたわい。しかし…そろそろヤクル様への言い訳も厳しいのう…」
魔公王イシュラース率いる太陰の一族との戦いで、紅天のシャクラが率いる真の太陽の戦士団を困らせているのが、この首のような三日月の深淵による遺物であった。
イシュラースが三日月の深淵から引きずり出すのはいずれも伝説、神話の類の魔物や魔王。
その爪の一欠片とて、世界に仇なす害悪である。
出来る限り切断など肉片が残る攻撃はさけなければならないが、相手が相手である。
それは無理というもの、とはいえ処理もまた困難を極める。
現状、回収した異物は各国、ひいては特にシャクラの仕えるヤクルの元へ送られ、消滅ないしは封印を施す手筈となっていた。
「うンム、毒はないようじゃし、何とかこっちで処理できんかのぅ。ほれ、鍋とか」
「「えッ…!?」」
良い出汁がとれそうじゃ、と担ぎ上げた伝説の魔物の首を煮込む気満々で眺め回すシャクラに対し、戸惑いを隠せないレオナルドとムジョウ。
かくしていざ煮込んではみたものの、全てが金色に染まってしまい、大量の食材と特大の寸胴鍋をお釈迦にしてしまった3人。
戦士団の胃袋を統括するセレン姐さんの前に正座させられ、こっぴどく怒られたのは、今から500年ほど昔のお話である。
続く