「ケラウノス。俺には一体、何が足りない?どうして兄上は、俺の話を聞き入れてくれないんだ?」
行き過ぎたファンと判断されてドルブレイブショーの会場を追われ、警備兵から厳重注意のうえ開放されたのち、漆黒のスライダークヘルメットは一人街を歩いていた。
「当機はあくまでも、28号の継戦支援が目的である。該当ナンバーズ、SB-03の行動目的は把握していない」
疑問に応じるは、その背中に背負われた槍が内包する人工知能、ケラウノス。
しかし、その内容は28号が望んだものとは異なっていた。
「…そうか。何も教えてはくれないのだな」
「………」
理解してほしいポイントは何も伝わっていないようなのだが、ケラウノスはそれを再度説明する必要性を感じず、沈黙する。
手に取ったケラウノスを抱き締めるように携え、カミハルムイの往来を、俯きながらとぼとぼと歩く28号。
「前を見て歩かないとあぶないぞ、少年」
不意にかけられた声と、視界に入ったジーンズを履いた二本の足に驚き顔を上げると、燃えるような赤髪をたたえたオーガの女性がこちらを見据え、目の前に立っている。
「…浮かない顔だな。よし、私が奢ろう。そこの茶屋で、少し話でもしようじゃないか」
ヘルメット越しに浮かないも何もあるのだろうか。
一瞬不思議に感じた28号だが、さりげなく肩を抱く女性の強引さに流されかける。
「いや、しかし俺は…」
踏み止まって28号の発した声に、女性は少しだけ驚いた様子を見せた。
「…少女だったか。失礼した」
詫びも早々、結局そのまま強引に通りに面した赤布の敷かれた長椅子に座らせると、奥からパタパタと駆け寄り顔を見せた店員に団子と緑茶のセットを二人分注文する。
「さて、挨拶が遅れたな。私はセ~クスィ~という。しがない旅の冒険者だ」
「…28号」
「不躾ですまないが…変わった名前だな?…うむ…呼びにくい…に…ふた…ふた…はち…」
セ~クスィ~は何やらぶつぶつと呟きながら、小首をかしげ思案する。
「よし!フタバと呼んでもいいだろうか?」
「構わない」
28号あらため、フタバは興味なさげに淡々と答えると、ヘルメットを脱いだ。
内包されていた銀糸のような長髪が、サラリと腰まで垂れ下がる。
「…やはり、似ているな」
フタバが聞き漏らすほどのセ~クスィ~の小さな声を、フタバの背にマウントされたケラウノスは回収する。
「はぁい、おまっとうさん」
ややあって、赤と白の唐松模様の簡素な着物をまとった店員がゆったりと湯気の立つ2つの湯呑みと、醤油の香りが香ばしい琥珀色のタレに包まれた団子を運んできた。
「ここの団子は絶品だぞ。カミハルムイを訪れた際には欠かせない逸品だ」
一皿にまとめられた二本の団子、その一つを手に取り、頬張るセ~クスィ~。
「不審に思わせない為にも、食することを提案する」ケラウノスの声は、直接通信のためフタバにしか聞こえない。
アドバイスに従い、フタバもセ~クスィ~を真似て団子をたどたどしく口へ運ぶ。
「アーカイブを検索…米粉を用いた団子と呼ばれる菓子の代表的なバリエーションの一つ、『みたらし』と判別。ただし、団子に焦げ目がつくほどに焼き上げた上でタレを絡めるのは、カミハルムイに限定されたバリエーションの模様である。留意されたし」
ケラウノスの説明の通り、よく火を通した上で、更にタレを絡めて2度目の焼きを入れたカミハルムイ独自のみたらしは、カラメルのような独特の粘り、甘みと苦みのバランスが絶妙で、先の言葉に嘘偽りはなく、セ~クスィ~はカミハルムイを訪れた際には必ず団子屋に足を運び、あまつさえお土産としてたんまり買い込む程であった。
「うまい!」
しかし、ケラウノスのフォローも虚しく、まだ食の経験値の低いフタバには至ってシンプルな言葉を返すのが精一杯である。
串に刺さっていたやや大ぶりの3個の団子を全て口いっぱいに頬張り、もっちゃもっちゃと噛み締める。
「はははっ、気に入ったようだな、フタバ」
セ~クスィ~はフタバの様子を見て、本当に、本当に嬉しそうに笑った。
そんなフタバの口の周りは、べったりとタレで汚れている。
「…作法も提示するべきであった。そこにあるおしぼりで口周りを拭くことを要請する」
ケラウノスの言葉に従い、フタバは団子を噛み締めながら口元を拭うのだった。
続く