「やぁはじめまして…っていうのも、何か変な感じだね」
その顔を見るのは初めてのはずだ。
だが、はにかむエルフの少年の言うとおり、ハクギンブレイブにとっても確かに不思議な既視感があった。
ハクギンブレイブにとっては知る由もないが、少年の相貌は男女の違いこそあれ、昼間の握手会を騒がせたフタバによく似ている。
「僕はハクギン。と言っても、君のメモリー内の残滓にすぎない。身体を返せとか言わないから、安心して」
少年の言葉にハクギンブレイブは一つ合点がいった。
ハクギンブレイブもまた、機械の身体ではあるが、睡眠を必要とする。
その日の経験を効率良くメモリーに保存するためだ。ただ闇雲に溜め込むのでなく、分類し、重要度をラベリング、その優先順位に基づいて圧縮比率も調整する。
そうした際には、アストルティアの民と同じように瞳を閉じてベッドに横になる。
これまでも毎日行ってきた行動。
そのさなか、過去の残滓を夢として見るとて、不思議ではない。
しかし、夢、そう、夢を見るのは、今日が初めてだった。
「残念だけど君は今、話すことはできない。一方的でごめんね。この状況は、君が彼女、SB-28と出逢い、掌を通して最新のフレームアーキテクチャに触れた事で自己修復プログラムがアップデートされたのが原因…あ、握手会のときの、あの子だよ」
さすがは夢の中というべきか、問い返すことはできないが、浮かんだ疑問は共有されているらしい。
「ちなみに僕と君のこの身体はSB-03、彼女の言う通り、確かに兄妹ってわけだよ」
握りしめられた掌の硬い感触を、ハクギンブレイブは思い出す。
そして、もう一つ大事なことも。
「世界を支配する…」
ちょうど考えていた言葉がハクギンの口から飛び出てハッとする。
「世界征服の為の尖兵、それは僕ら、SBシリーズが建造されたそもそもの目的にして、メインプログラムに消去不可能な形で遺された絶対命令だ。もちろん、君の中にもそれは刻まれている」
そうだ。
咄嗟に彼女の手を振り払えなかったのは、その言葉にとても甘美な響きを感じたのも一因ではなかったか。
「今日、君の夢枕に立ったのは、確認するため。君の中の、ヒーローになりたいという想いは、そもそもを辿れば僕の押し付けだ。君は本来の使命に従い、彼女と手を組んだっていいんだ。僕にはそれを止める力も義務も、権利もない」
言われてみればそうなのだろう。
この世界に目を覚ましたあの日。
言葉の意味もわからぬまま、思考回路の中に響く2つの声のうち、ボリュームの大きい方に従った。
初めは、ただそれだけの話だった。
それでも。
その選択を、厳しくも支えてくれた、セ~クスィ~さんがいる。
言語そのものの習得から、演技指導、日々のメンテナンスまで、今も支えてくれる劇団の皆がいる。
そして、舞台の中だけのヒーローを、憧れの目で見つめ励ましてくれる、ごましお君や、沢山の観客の皆さん。
今や、ハクギンの遺した想いは、ハクギンブレイブの確かな柱になっている。
「…ありがとう。これで安心して、消えることができる」
ハクギンブレイブの想いに触れ、ハクギンはとても柔和な笑顔を浮かべた。
「ペルソナになり得るデータは、2つあってはいけない。だから、さよならだ。でも忘れないで。僕は君、君は僕。君の活躍が、僕が生きた証になるんだ。期待してるよ、ハクギンブレイブ」
足元から次第に、姿が薄れていくハクギン。
「あ、最後に一つ、いや二つ。目覚めたら、鏡を見てご覧。僕からの贈り物を用意した。喜んでもらえると思う。それと、僕らの妹を、頼んだよ」
そのまま、ふっ、と姿が消え、いつものメモリー整理の時の闇に包まれる。
しかし、一瞬ののち。
「ごめんごめん、今度こそ本当に最後。…ハクト君に会うことがあったら、また友達になってくれると、僕はとても嬉しい。じゃあ、さよなら」
姿も消えたというのに、暗闇からハクギンブレイブの知らない人物の名前を告げ、今度こそハクギンの気配は、ハクギンブレイブのメモリーから完全に消え果てるのであった。
続く