「ひえっ…」
いつも通り朝の挨拶にハクギンブレイブの部屋の前を通りすがった劇団員は腰を抜かした。
「…?…ひえっ」
そのリアクションが気になって壁の姿見を眺めたハクギンブレイブもまた、素っ頓狂な声をあげる。
そこには、夢枕に立ったハクギンの姿が映っている。夢の続きかと頬を触ってみると、固いヘルメットではなく、ちゃんと柔らかな手応えが返ってきた。
「もしかしてこれが、贈り物…?」
今までと変わらず残っているのはベルトのみ。
メンテナンスシステムから確認すると、これまでボディアーマーを構成していたものは分子レベルで分解され、今身にまとっている簡素な衣類に転じているらしい。
昨日までスーツの内部は機械で満たされ、脱ぐことなどできるわけもなかったのだが、厳密には今もスーツを脱いだわけではないものの、剥き出しの機械が露出するでもなく、肌触りの質感ともに本物の肉身と区別がつかないほどの姿に変わり果てていた。
「ええと…」
ポチリとベルトのボタンを押してみると、カッと眩い閃光とともに身体は再び見慣れたハクギンブレイブの姿に。
見た目が変わるだけで、相変わらず戦闘行動に耐えうるわけではないが、大破により失ったはずの変身機構がその身体に取り戻されていたのだ。
「…ああ、良かった。ハクギンブレイブ君か。てっきり団長が近所の少年を誘拐してきたのかと」
見慣れた姿を見てようやく劇団員も胸をなでおろす。
ややあって。
「何だかとても失礼な話が聞こえたから来てみれば。こいつは驚いたな」
プクリポの団長は再びハクギンの姿に転じたハクギンブレイブを前に深刻そうな表情を浮かべる。
「…変身ができるんなら、台本練り直さねぇとな!!」
団長の表情に少し不安に駆られたハクギンブレイブだが、続く団長の言葉とニカッと歯を見せるいつもの笑顔にほっとする。
「あ、この姿になったついで、と言ってはなんですが。少し、外出してもいいでしょうか」
「…おう、ま、いいだろう。前に一度、拐われかけてんだから、充分気を付けてな?」
「はい、気をつけます。たぶん、一時間位で戻りますから」
ハクギンの姿のまま、街道沿いに仮設されたテントをくぐり外へ出る。
最後にフタバの起こしたアクシデントこそあったが、カミハルムイでの公演は予定通り全行程を終えた。
しかし、数週間後に控える一日限りの特別演目の練習のため、引き続き一座はカミハルムイに駐留することになっている。
チャンスは今しかない。
ハクギンブレイブはハクギンからの贈り物に報いるべく、センサーを頼りに、鬱蒼と茂る夢幻の森へと足を踏み入れる。
普段は自らはもちろん、劇団の皆の護身のために用いる、モンスターサーチシステム。
これもまた密かなハクギンの贈り物か、その効果範囲が格段に広くなっていた。
彼女が妹だというのなら、数多の反応の中から、見つけ出せるはずだ。
自分に近い信号を、追っていけばいい。
やがてハクギンブレイブは用のないモンスターを避けつつ、遺棄されたマッドファクトリーのもとへと、辿り着いたのであった。
続く