その日。
いよいよ間近に迫った大地の箱舟船内での特別公演に向けて、一座はカミハルムイの劇場テントや仮住居の撤収で朝からてんやわんや。
すっかり劇団の一員となったフタバもまた、その持ち合わせる性能でもって、重たい什器の移動やステージの解体に協力している。
そんな所へ、またしてもみたらしの姐御が顔を出した。
「姐御!」
すぐさま見つけて駆け寄るフタバ。
それをそっと抱きとめ、セ~クスィ~は座長に声をかける。
「忙しい所すまない、フタバを少し、お借りしていいか?」
セ~クスィ~の提案に満面の笑みを浮かべるフタバだが、忙しい最中なのは彼女もよく承知している。
フタバは許可が貰えないものかと、すがるような視線を座長に送った。
「ああ、構わないよ。行っといで、フタバちゃん」
「やった!!」
「ありがとう。では、行こうかフタバ」
セ~クスィ~はフタバと連れ立って、賑わうカミハルムイへと繰り出す。
もはや最近はケラウノスもセ~クスィ~と接するのを控えるようフタバに進言するのも諦め、しかしせめてもの抵抗にセ~クスィ~がいる間はフタバに話しかけられても無言を貫いているため、かえってフタバには都合が良かった。
「あれ?いつものお団子屋さんじゃないのか?」
フタバはすっかり慣れた道とは違う方向へ向かうセ~クスィ~に問いかける。
「フタバ、世の中にはな。みたらしみたいよりも美味しいものが、沢山あるんだ」
「ふむ…?姐御が言うんだから正しいんだろうが…みたらしよりも美味しいものなんて想定がつかないな」
やや訝しむフタバを連れてやってきたのは、メニューの写真や客の想像を容易くぶち抜くデカ盛りで有名な、アストルティア全土に展開する喫茶店、『珈琲の米田』。
「気になるメニューはあるか?フタバ」
フタバは店員に案内された角の席、深い赤色のソファーに腰掛けて、差し出されたメニューを食い入るように眺め、色とりどりの品々に目を回す。
「………決められない。姐御に任せる!」
「よし、承った」
まだ朝方、セ~クスィ~はフタバには冷たいクリームココア、自分にはホットのブラックコーヒーと、合わせて時間限定のサービスのモーニングセットを二人分、小倉トーストで注文する。
「楽しみだなぁ」
フタバはいそいそとヘルメットを脱ぎ、テーブルに用意されていたフォークとナイフをそれぞれ握って待機する。
「………注文の内容的にスプーンが妥当だと思われる」
へそを曲げているケラウノスも、流石にツッコミを入れざるを得ない。
「ケラウノス、そういうのはもっと早く言ってくれ」セ~クスィ~には聞こえぬよう小声で返し、顔を赤くしながらスプーンに持ち替えたところで、いよいよ待望の品が運ばれてきた。
「ふぉぉぉ…」
目の前にそびえる、ケラウノスの角を上回るスケールの白い巨塔に、目を輝かせ驚きを禁じえないフタバ。
「凄い!何なのだこれは!?」
「ははっ、早く食べないと、溶けてしまうぞ」
季節は夏。
風通りの良い店内だが、既にグラスに満たされたココアの上にこんもりと盛られたソフトクリームはすっかり結露の汗をかき、白い軌跡がグラスに走り始めている。
「冷たくて甘い!」
セ~クスィ~に促され、慌ててスプーンでひとすくい。
ぱっと笑顔が咲いた。
アイスクリーム頭痛などとは無縁の身体、フタバは瞬く間にソフトクリームの尖塔をたいらげ、少し白の混じったココアをストローですするのだった。
続く