冷たいココアを二口、三口。
そこでようやく、フタバは竹編みの籠に入れられたもう一品に気がついた。
「…これは?」
「トーストというものだ。バターやジャム、たまごサラダなど、様々な添え物があるのだが、今日は勝手ながら小倉を選ばせてもらった」
フタバがソフトクリームを高速で平らげた甲斐あって、小麦畑色のトーストはまだ温かい。
セ~クスィ~は籠に入ったトーストのうち一つを手に取り、小さなカップで添えられた小倉餡をふんだんに塗ってフタバに手渡してやる。
おずおずとフタバが口へ運ぶと、表面をカリッと焼き上げながら中は雲のようにふわふわに仕上がったトーストがサクッと香ばしい音色を奏でた。
「美味しい!!凄いな!くりーむここあとやらも、この…もーにんぐ?も、とっても美味しい!」
フタバは小倉トーストをアカリリスのように頬に詰め込み、満面の笑みを浮かべる。
セ~クスィ~もまた、フタバの様子を見守りながら、小倉トーストを口へ運ぶ。
食べ終わる頃には当然の帰結として、フタバの口の周りが小倉餡だらけになった。
「フタバ、あちらに手洗いがある。鏡を見て、口元を洗って来るといい」
「うむ!行ってきます!」
素直に従い、洗面台へと駆けていくフタバ。
その背を見送りながら、セ~クスィ~は壁に立てかけられたケラウノスへ視線を向ける。
「応えなくてもいい。ただ、聞いてくれ。これまでの君とフタバの会話は、私の仲間、おきょうが傍受させてもらっていた」
再び柔らかな視線を、顔を洗っているフタバに向けながら、セ~クスィ~は引き続きケラウノスに言葉を紡ぐ。
「君は、私が何者か知っているな。………私達ドルブレイブが、フタバの兄弟達に何をしてしまったのかも」
穏やかな表情と裏腹に、その言葉には苦々しさと後悔が滲んでいた。
「だから、私のことを警戒して当然だ。それでいい。今日を限りに、今後フタバのもとへ顔を出すのも、控えるつもりだ。…私の口から言われるのは、大きなお世話だろうが…これからも、フタバを護り、導いてやってほしい。彼女が、自ら望む自分自身になれるように」
ケラウノスからの返答はない。
それきり話を打ち切り、席に戻ったフタバを出迎える。
セ~クスィ~はゆっくりとフタバが食後の水を飲み干すのを待ち、勘定を済ませる。
「今日はここでお別れだ。数が少なくてすまないが、いつものお土産もちゃんとあるぞ。ハクギンブレイブと二人で、こっそり食べてくれ」
店を出てすぐ。
セ~クスィ~はいつも通りの笑顔を浮かべたつもりだった。
「…姐御。みたらしなんて、無くたっていいんだ。また…俺に会いに来てくれるか?」
しかしその表情に何かを感じ取ったフタバは、ヘルメット越しに縋るような視線をセ~クスィ~へと向ける。
「………君がそれを望んでくれるなら…勿論だ」
セ~クスィ~は心からの言葉とともに、精一杯の笑顔をフタバに返すのだった。
そうして、別れ際のフタバの言葉を大事に胸にしまい、カミハルムイ南門に停めたドルブレイドへと向かうセ~クスィ~であったが、曇り始めた空に怪しい影を目撃する。
「あれは…!?」
遥か上空にセ~クスィ~が捉えたのは、有り得ない体色である漆黒に染め上げられ、片目にはモノクルのように望遠レンズの取り付けられた特殊なガチャコッコ。
そのモンスターを作り出した人物にセ~クスィ~は嫌というほど心当たりがある。
「やはり手出ししてくるか!ケルビン!!」
セ~クスィ~が捕捉したガチャコッコはそのままカミハルムイの上空を飛行し、対象を見つけるとぐんぐんと高度を下げていく。
改造ガチャコッコは背後から忍び寄り、フタバが潰してしまわないようにそっと両掌に乗せていたみたらしの包みをひったくった。
「あっ…!!」
瞬く間に高速で夢幻の森方面へ飛び去る改造ガチャコッコ。
それを追い、フタバも全力で駆け出す。
「待てこの…捕まえて焼き鳥にしてやる!!それを返せっ!!!」
「提言。追跡対象の行動パターンは異常。レーダーにも捕捉ができない。我々を何処かへ誘導しようとしている可能性。ただちに撤退を」
「すぐに終わる!」
ケラウノスの忠告も無視して、フタバはずんずんと夢幻の森を突き進む。
やがて開けた木立の合間。
そこに佇むは、まるで恒星が降り立ったかのように、眩い黄金の光を放つ、ハクギンブレイブに酷似した躯体。
その肩にかしずくような姿勢で、改造ガチャコッコがとまっている。
セ~クスィ~にもらったみたらしの包みは、その男に無惨にも踏み潰されていた。
「やぁ、ケラウノス!!お父さんだよ!!!!」
金色の怪人を通して、夢幻の森にケルビンの朗らかな声がビリビリと響き渡るのだった。
続く