「………」
8月13日早朝。
アズランを始発駅とする大地の箱舟の屋根の上に、28号の姿があった。
発車時刻まであと一時間ほど。
ホームではプクリポの少年を壇上に迎え、鳴り止まぬ拍手のなか、盛大なセレモニーが開かれていた。
つい気がつくと、人混みの中に燃えるような赤髪を探してしまう28号。
兄弟の仇であるアカックブレイブに救われたあの日。はたして自分がどうしたいのか、何ができるのかもわからぬまま、数時間が経った後、惨劇の場に恐る恐る引き返した28号だったが、そこには血溜まりが残るのみでセ~クスィ~の姿はなかった。
劇団のテントに戻れば、きっとセ~クスィ~のことを尋ねられる。
兄であるハクギンブレイブもまた、セ~クスィ~と古くからの知り合いだという。
頼みの綱のケラウノスはゴルドブレイブに奪われた。
ぐちゃぐちゃな感情を抱えたまま、誰にも頼れず、何処にも戻れず、結局フタバは森に隠れ、ゴルドブレイブの発言にあった8月13日の特別列車という単語を手掛かりにこの場へやってきた。
ふと、アカックブレイブに加えて兄弟の末路のことまで思い出してしまい、振り払うようにぶんぶんと頭を揺さぶる。
「…ん?………気のせいか」
危うく、舞台衣装などの荷物の積み込みを行っている一座のメンバーに気付かれそうになり、慌ててトカゲの如く屋根に突っ伏した。
この場には顔馴染が多すぎる。
気を付けねばとあらためて肝に命じ、その姿勢で発車を待つフタバは、ちょうど大地の箱舟に忍び寄るセ~クスィ~の姿を見逃すのだった。
数日前。
戦闘をつぶさにモニターしていたおきょう自らが運転する緊急医療ドルボードに回収されたセ~クスィ~は、3日間の昏睡の後にようやく目を覚ました。
おきょうから事後、28号が行方不明であることを聞くやいなや、起き上がろうとしたセ~クスィ~だが、胸に激痛がはしり倒れ込む。
「一時はほんとに危なかったのよ?まだ寝ていなくちゃ…」
「…これしき…魔装のバックアップがあれば」
座り込んだまま、震える手でドルセリン管をベルトに挿し込んだセ~クスィ~だったが、けたたましいエラー音が鳴り響き、展開し損ねたドルセリンエネルギーが暴発してベルトが天井へと跳ね上がる。
それは遥か昔、アラモンド鉱山で終ぞ魔装展開に至れなかったおきょうの様に似ていた。
「セ~クスィ~!大丈夫!?」
「ああ…しかし…無様だな。魔装にも…見放されるとは」
28号とセ~クスィ~のやり取りは、おきょうもモニター越しに全て聞き及んでいた。
だからこそ、安易な気休めを言うことを躊躇する。
「………きっと先の戦いでベルトが損傷を受けているんだわ。すぐに確認するから、とにかく落ち着いて。まだ休まないと駄目」
しかしそうでもして休ませなければ、セ~クスィ~の身体が保たない。
セ~クスィ~を支え、ベッドに寝かせると、彼女が先程起き上がりざま、乱暴に引き抜いた点滴や体調確認の為のセンサー類を手早く繋ぎ直す。
そして真っ白な布団を被せると、すっかりあちこち焦げ目のついたセ~クスィ~の魔装ベルトを拾い上げる。
天井にぶつかった衝撃で歪んだバックルのスライムの紋章が泣いているように見えて、まるでセ~クスィ~の心の傷を表しているかのようだった。
(貴女が一人で抱え込むことではないのよ…)
マッドファクトリーの討滅は、勿論セ~クスィ~一人で決めたことではない。
むしろセ~クスィ~は危険を犯してでも、ハクギンブレイブと同じ、SBシリーズの内部製造、保管の有無確認、場合によっては救出を訴えていたが、最後には仲間の命を天秤にかけ、それを断念したのだ。
おきょう自身も、純白の改造ガチャコッコやセ~クスィ~の魔装に内蔵された諜報システムを通して28号に関わるたび、後悔に苛まれた。
直接28号と接していたセ~クスィ~にとっては、その苦悩がどれほどのものだったことか。
しかしそれを言った所でなんの慰めにもならないと、おきょうも分かっているからこそ口には出さず、淡々と自分に出来ることを進めるのであった。
続く