ごましおたちを乗せた大地の箱舟はカミハルムイを抜け、一路レンドアへ向かう海上の線路へ。
漂う潮風と箱舟を見送るカモメの姿が、ハクトをひどく詩的な気分にさせる。
「え~と、初めまして、なんだけど、実は僕たちは初対面じゃなくて…でも君には記憶がないだろうから初めまして、ってのもあながち間違いじゃなくて…いや、何だこれ、全然まとまらない…う~ん…」
思いもかけず訪れた、いわば親友の忘れ形見との再会。
いつかは踏ん切りをつけたいと思っていた。
そして、父が背中を押してくれた。
とはいえ、今やちょっとした人気者であるハクギンブレイブとの時間は、特別公演のあとの僅かな間しかない。
できる限り万全の態勢で臨もうと挨拶を捏ねくり回し続けて知恵熱を抱えたハクトは、迷惑にもごましおに続いて28号の潜伏するテラススペースへとやってくる。
頭は挨拶の段取りでいっぱいいっぱい。
今度はごましおの時とは逆に、28号に気付かず対岸の席に腰掛けて頭を抱えるハクト。
「どうしよう?いっそもうハクギンブレイブには、いちファンとして挨拶するだけがいいのかな…」
ハクギンブレイブもまた、ハクギンの一面ではあるが、記憶もその魂すらも含めて、エルフの少年の姿はもう失っている。
ハクギンブレイブはハクギンブレイブであって、親友であったハクギンとは違う、また一人の存在なのだ。ハクギンブレイブにハクギンを重ねるのは、どちらにとっても失礼な話なのでは?
ならばいっそ、そっと遠くから見守るだけが一番相応しい距離感なのではないだろうか。
無理矢理落とし所を設けるが、ハクギンブレイブがかつてのハクギンの姿身を取り戻していることなど、ハクトは知る由もない。
ゲシュタルト崩壊しそうな問答を頭の中で繰り返し、ブツブツとハクギンブレイブ、ハクギンブレイブと漏らすハクトの様子はとても不審である。
「さっきから兄上がどうした?」
放って置くが吉とはわかっているが、こうも兄の名を連呼されれば嫌でも気になるものである。
「ぶぅわぁおぁ!!?は、ハクギンくん!?いやちょっ、心の準備がび…!」
「び?………まぁ落ち着け」
「あっ…」
ハクギンと同じ相貌ながら、女性の声を発していることから、ハクトはすぐに別人であると気付く。
同時に、それが意味することに思い至り、ハクトはつい、護身用に腰に下げているブレイブジュニアへの展開機構を備えた片手剣に手を伸ばしてしまう。
「…!」
そして今の28号は、敵意に敏感だった。
28号は純粋な戦闘行動に特化して製造された身体、超一流の冒険者であるティードとマージンに鍛えられ、それなりに場数をふんでいるハクトであっても、遅れをとるなと言う方が無理がある。
素早く駆け寄ると剣を抜けぬよう左手でハクトの掌ごと包み込むように柄頭をおさえ、右手で襟元を捻り上げそのまま軽々と持ち上げると、テラスに設置されたテーブルに背中から叩き付ける。
「がっ…はっ…!」
「お前!兄上の名を呼んでいたことといい、俺を見て剣を抜こうとしたことといい、俺について何か知っているな?」
ケラウノスのいない今、目の前の弱々しい子供は転がり込んできた絶好の手掛かりになるかもしれない。
どんな手段を使っても、知らなければならないのだ。何故、アカックブレイブが兄弟達を殺したのかを。
「こちらには敵意はない。右手を離すぞ。…いいな?」
「っ、はあ、ふぅ…」
ぎゅっと締め付けられていた気道が広がって、ハクトは落ち着くためにも大きく息を吸いこむのだった。
続く