「いいか?嘘はつくなよ?」
首が折れんばかりにコクコクと頷くハクト。
「まず。お前、俺と同じ機械兵士、SBシリーズと関わりがあるな?」
名称までは知らないが、ハクギンとそれにならぶ偽ドルブレイブの事だろう。
コクリと小さく頷いた。
「お前に聞きたい。世界征服とは善か?悪か?」
「…え?」
ハクトは28号の質問の意味がわからず、困惑する。「国という集合体の単位があるだろう?そこにはそれぞれ王なる者が居ると聞いた。世界征服とはいわば、王になるという事ではないのか?」
「う~ん…あながちそれは…間違いじゃないような…」
「例えば。お前もアストルティアの民ならば、父親がいるだろう?その父が、一国の王になると言い出したとして、その為に働くことは、悪なのか?」
「ええと…その質問は難しいなぁ…。仮に僕の父さんがそんなこと言い出したら、全力で止めます」
数多のばくだんいわが散乱する大陸規模の焼け野原に立ち、漆黒のスーツにマントを羽織り高笑いする父マージンの姿がありありと浮かんで、ハクトは苦笑いした。
「何故だ?」
「まず、気分を害したらごめん。目的って、考えた事ある?」
「もく…てき…?」
「例えば、そんな目的で世界征服をする人なんて聞いたことないけれど、そこに暮らす人達を幸せすにするためであれば、世界征服は善だと思う。私利私欲、他人を踏みにじって不幸にしてまで、自分の為に王になりたい、世界を征服したい、というのは、悪だ」
「つまりお前の父は後者だと?」
「直球!…うん、まあ、そうだねぇ。ばくだんいわ達にとっては良いのかもしれないけど」
父もけして悪人ではないのだが、日頃の爆弾絡みの心労を思い出し、遠い目になるハクト。
「…本当に、分からないのだ。目覚めてからずっと、老人の声が頭の中で鳴り響いている。世界を征服しろ。滅ぼせと」
老人という言葉に、ハクトはハクギンを失う所以ともなった、ラギ雪原で目の当たりにした純粋な悪意を思い出し、背筋に薄ら寒いものを感じる。
「間抜けな話だが、ずっとそもそも言葉の意味がわからなかった。しかし、その命令は酷く甘美な響きで…同時に恐ろしく感じていた」
「そうだね。それは…とても恐ろしい。大勢の人達を苦しめる事だよ」
「…そうか」
「でも他ならぬ貴女自身の意志でそれに抗ったから、今の貴女がいる。違いますか?」
さもなくば、ハクトも今頃背中の痛みどころでは済んでいなかったに違いない。
28号はハクトの柔らかな言葉に対し、ゆっくり首を横に振ると、伏し目がちに自嘲する笑みを浮かべる。
「自分の意志など…。俺が目覚めた時からずっと側にいてくれた相棒は、声に従わず自分で考えろと教えてくれた」
ケラウノス。
「結局、言葉に従い世界征服を目指そうとした俺に、別の道が見つかるよう共に暮らしてくれた兄上がいた」
ハクギンブレイブ。
「そして………いくら耳を塞いでもずっと鳴り続けていた声を、止めてくれた人がいた。その人と過ごしている時だけは、恐ろしい声は嘘のように掻き消えて…本当の自分になれた気がした」
………姐御。
「一時の感情に任せ、俺は全て失ってしまった」
果たして、ハクトとの善悪の問答を通し、兄弟達が壊された理由を知った今。
28号には自責と後悔の念しか残されていなかった。
とても適当な気休めなど言えない雰囲気に、ハクトもただ、立ち尽くす。
お互い無言のまま、大地の箱舟はレンドアを通過し海を抜け、オーグリード大陸に入る。
「…坊主、中に入っていろ。誰も外には出すな」
「え?」
「いいから、早くしろ!」
「は、はい!!」
やがてグレンを抜けた刹那から漂い始めた戦場の空気を、28号は敏感に察知していた。
扉が閉まるとほぼ同時、突如として地を突き破り現れる、マッドファクトリー。
SBシリーズのみならず、マッドファクトリーもまた、28号の系譜の機体である。
28号にとっては待ち焦がれた兄弟との再会。
しかし、自分達の存在がアストルティアに仇なすものだと知った今、その表情は暗い。
ガチャガチャと耳障りな足音を響かせて大地の箱舟を追随し、問答無用で横薙ぎに大剣を振り回すマッドファクトリー。
28号はマッドファクトリーの大剣を、蹴り上げた左脚で受け止め、払う。
「この何だかよくわからん乗り物には、アイスをくれたチビが乗っている。質問に答えてくれた坊主も乗っている。…引き返してくれないか?」
返答の代わりに撃ち込まれたボウガンの矢を、28号は造作もなく掴み取った。
「そうか。…ほんの少しだけ、戦う理由というものが分かった気がする。お前は兄弟であろうと…俺の敵だ」
頭部ハッチを展開してグレネーどりを複数機展開するマッドファクトリーを鋭く睨みつけながら、28号は静かにヘルメットを装着した。
続く