「…あいよ」
眼帯に縫い跡、失礼ではあるがとてもカタギには見えない前傾姿勢の老人が短く答え、手作り感溢れる簡素なカウンター内の引き出しから純白の束を3つ取り出す。
「…美しい」
それを見るや、両手を拝み合わせ、呆けた表情でつぶやきを漏らす少女。
(大丈夫かしらこの子…?)
少女のメンタルを危ぶみつつも、薄暗い店内にまるで光が挿したかのように、受け取った淡いランプの光以上のまばゆい反射光を放つ素麺の束は、ティードの目から見ても確かに美しかった。
しっかりと煮立った寸胴鍋の中へ飛び込むと、はらりはらりと踊り舞う。
やがてしなやかになった素麺を掬い上げ、裏手から汲み上げられている冷水に素早く晒してしめあげる。
「この店のメニューはシンプルに一種類だけ。ドワチャッカ大陸の気候に育まれた小麦で作られた素麺を待ち受けるは、牛骨のみで長時間、丁寧に出汁をとった薄い琥珀色の澄み渡ったスープ」
勝手に語りだした少女の説明にのせて、目の前で店主が柄杓で瓶から透き通ったスープを掬い上げ、3つ並んだ器に流し込む。
目を凝らせばようやくわかるほどに透明度の高いスープ、表面の僅かな油がキラキラと輝きを放つ。
そこへ先程の素麺がダイナミックに飛び込み、飛沫とともに芳醇な薫りがあがった。
「そして薄口に仕上げたスープと調和し、補い合って至高の領域まで押し上げるのが…」
カウンター上の瓶からお玉でまあるく掬った特製の味噌玉を、カン、と器の縁にお玉の柱を打ち付けて落とす。
「そうこれ!味噌玉バクダン!!」
「はいよ、3人前、おまち」
真水のような澄みきったスープに浮かぶ素麺の上に、太陽の如く鎮座する味噌玉のインパクト。
「…いただきます」
厳かに一礼する少女にならい、目の前に出された一杯に向き合う。
まずは味噌玉を崩さずに一口。
動物性のスープとはとても思えない、臭みもクセも嫌味がなく、それでいて深い牛の味わいが口いっぱいに広がった。
そのまま素麺をスープごと全て飲み干してしまいたい衝動と必死に戦い、味噌玉を箸で突き崩す。
ほろりと崩れると同時に朱がスープに広がり、ニンニクと唐辛子の刺激的な香りが鼻を突く。
すっかり装いを変えた素麺を再びひとすすり。
「「「美味しい!!!」」」
無作法と知りつつも声を抑えられなかった3人の様子に、静かにニヤリと笑う店主であった。
「やだ、思い出したら尚の事お腹空いてきちゃったじゃない」
ティードは夕陽に別れを告げるとゴーグルをまとい、自宅へ向けて再びエンジンをふかすのだった。
~完~