大きなクエストが、終わった。
ヴェリナードを発ち、はや数日が過ぎた早朝のオルフェア。
往来は仕事に向かう人々が緩やかに行き交い、未だ街は目覚めの前。
そんな時間から開いている一軒の店の扉を、エルフの冒険者、フツキはくぐった。
「いらっしゃいませ、お一人様ですか?どちらでも、空いている席をお選びください」
喫茶店にしては珍しく、ややビジネス然とした、レディーススーツのような制服のウェイターに促され、窓際の席に座る。
「アイスコーヒー、モーニングセット付きで」
「はい、承りました。少々お待ち下さいませ」
サラサラとメニューをしたためるペン先の走る音が心地良い。
注文の品が届くまでの間、頬杖をつき外を眺める。
今の自分は、街行く人々と同じだ。
仕事へ向かう途中。
ただし、まだ次の仕事は決まっていない。
このインターバルのひとときが、フツキは好きだった。
今回は100人規模の大きなクエストだったこともあり、しばらくはこうしたゆったりとした時間を過ごす余裕がある。
「おまたせしました~、まずはアイスコーヒーです」黄昏れているうちに運ばれてきた品に目を落とす。
目一杯氷の詰められたグラスと、エスプレッソのように濃く煮出された熱々のコーヒーカップの2つがテーブルに仲良く並ぶ。
ここ、喫茶店ドンパルのアイスコーヒーは、絶妙にブレンドされたコーヒーの風味を損なわぬよう、客自らの手でグラスに注ぎ入れて完成させる独特のスタイルだ。
「こちらがモーニングのハムサンドになります」
8枚切りの薄いトースト2枚をこんがり焼き上げ、そこに挟むは、主役であるはずのハムの存在がもはやうっすら食感にのみ感じる程度になるほどみっちり大量の、浅く漬けられた微塵切りのザウアークラウト。
更には黄身までしっかり火の通った目玉焼きが、逆サイドから更にハムを霞ませる。
450ゴールドのコーヒーに、たった130ゴールドの追加でどうしてこれが出てくるのか。
相変わらずこのモーニングという文化のイカれっぷりを噛み締めながら、完成したアイスコーヒーをまず一口。
流し込むときから漂っていた芳醇な香りが鼻の奥に充満する。
ドンパルのコーヒー特有の強い酸味が損なわれることなく舌を刺し、薄っすら残っていた眠気がサッと晴れる。
サクサクと小気味良い音を立てるサンドイッチを食べきる頃には、オルフェアの街も目を覚まし、窓の外からは喧騒が聴こえ始めていた。
さぁ、次はどんなクエストに出掛けようか。
出来ればしばらくは、あのやかましいマージンは抜きがいい。
店を出て大きく伸びをし、身体をほぐすと、コーヒーの香りがまだ身体から抜けきらないうちに、依頼書を物色すべく酒場を目指すフツキであった。
海底離宮を舞台とした大きな冒険は終わった。
しかし今日も、これからも、こうして日々は続いていくのだ。
~完 しかし冒険は続く~