キュララナビーチからジュレットを結ぶ街道。
一台の大八車を少年が引いている。
「いや~はっはっは、今日もよく遊んだなぁ!大漁、大漁!!」
疾風のバンダナでキャラメル色の長髪を束ねた少年は、陸へ上がったというのにバンダナの他はふんどし一丁のままで、幼いながらも引き締まった身体を夏の陽射しと道行く人々に晒している。
いつもの薙刀を竹槍に持ち替え、素潜り遊びを終えたいももちは、戦利品の珍しいモンスターを蓋を開けた樽に海水と共に入れ、ジュレットへと運ぶ真っ最中だ。
「それにしても初めて見るなぁ。ふふ、本人に怒られそうだけど、マージンスターにアマリンスライムとでも名付けよっか」
樽は2つ。
ばくだんいわのようなゴツゴツした珍しい灰色の肌をもつマージスターと思しきモンスターに、もう一方のマリンスライムも見慣れた貝殻ではなく、何故か水に晒されても萎れることのない折り紙の兜を背負っていた。
「それにしても、強く突きすぎたかな?すっかり元気無くなっちゃったなぁ」
いももちの見立て通り、マージンスターはしなだれる乙女のごとく樽の縁に寄り掛かり、アマリンスライムはただでさえ青い体を更に青ざめさせている感じがする。
すっかり元気を無くし、仲良くお尻の真ん中に絆創膏を貼り付けた二匹を連れて、いももちは引き続き進むのだった。
話は少し巻き戻る。
「………ご要望のブツだ」
ジュレットの路地裏。
お互いの顔も影に隠れる暗がりで、マージンはどす黒い液体に満たされた小瓶を差し出した。
「どれどれ?…うっは、強烈。確かに受け取った」
ラフな着物を羽織ったエルフの魔法使いは、瓶の蓋を少し開け溢れた海の臭みを吸い込んで、ニヤリと笑った。
「約束の金だ。………どうした?要らないのか?」
瓶の代わりに差し出された報酬の詰まった袋を前にして、しかしマージンはそれを受け取らず鋭い眼光を相手に向ける。
「依頼主を勘繰るなんてのは、下の下だって分かっちゃいるが。囁くのさ、俺の直感が。アンタをこのまま逃しちゃいけねぇってな」
「へぇ…」
依頼主はマージンの刺すような視線を真っ向から受け止めつつも、飄々と相対する。
「一度会った相手の顔を、俺は忘れない。まして、いまや大魔王を倒し、レンダーシアを解放した勇者の盟友ユルールのお仲間だ、見間違えるはずもない。大忙しな筈のあんたが、この時期に料理人でもあるまいし、その『オクトパインク』を必要とした理由は何か…。そして、俺は知っている。かつてエルトナの地アズランの大浴場にて、儚く夢に散った二人の漢が居たことを」
マージンが共に海底離宮を冒険した、ウェディの冒険者ソウラと、ユルールパーティーの魔法使いアマセ。二人が過去に起こした珍騒動は『湯けむり黙示録』と銘打たれ、密かに語り継がれていた。
「…そこまで調べがついているとは、恐れ入る」
「アンタ、今度は一体、何を企んでいやがる?」
依頼主、アマセは今、袋小路に居る。
逃げのびるためには、マージンを倒す他ない。
静かに戦闘の構えをとるマージンを他所に、アマセは呆気なく口を割った。
「…まったく、海ってのは、罪作りな奴さ。うだるような暑さから逃れるため、はたまた、一夏の想い出をつくるため。乙女達は下着同然の大胆かつ無防備な姿を晒す。それを、最前線の特等席で拝みたい。お前が探し当ててくれたオクトパインクで『海神の秘薬』を完成させて海の生き物に変化し、俺はこの夏、楽園へと至る」
アマセはキメ顔で最低な野望を打ち明けた。
「アンタって奴は…アンタって奴はあっ…!!!」
ガシッとアマセの肩に掴みかかるマージン。
しかし次の瞬間に二人は、しかとその手を取り合っていた。
「アニキと呼ばせてください!!」
「ふふ…。材料の調達にお前を選んだ俺の目に狂いは無かった。秘薬の完成にはまだまだ時間と手間がかかる。付き合ってくれるか?マージン」
「勿論だぜ!!」
続く