かくして邪な野望のもと完成した二人分の『海神の秘薬』。
未だ人気のない早朝と夜の狭間のキュララナビーチで、二人は海の滋味を感じつつそれを飲み干した。
見る間に姿を変えた二人は、深い海の底に身を潜めると、新しい身体、その特性を確かめ、いざという際に万全の動きが取れるよう、入念に訓練を行う。
やがて賑わい出す海中。
しかしそこへ来て二人はキュララナビーチの異変に気が付く。
見渡す限りの、男、男、漢!
ミサークプロデュースの『にんにくたっぷり塩焼きそば大食い大会』の影響で、今日一日、浜辺は強烈なニンニク臭に包まれており、参加するため駆け付けた大食漢や、ニンニク臭をものともしないもっさり衆しか遊びに来ていない事を、海神の秘薬を作るため数日間引きこもっていた二人は知る由もない。
その時、途方に暮れるマージンスターの頬を何かが掠めた。
『えっ…?』
僅かな痛み。
ゆらりと頬から血が滲んで、マージンスターは通り過ぎた何かを見やる。
『…竹槍!?いや何で…?』
材質の違いを無視し、深々と海底の巨岩に突き刺さっている竹槍。
見る間に亀裂が拡がっていき、呆気なく砕け散る岩の狭間で、特殊な魔術紋様がチラリと光る。
『あれは…!強化ガジェット!?ということは、マズい!!』
本来であれば地盤に展開し、直上の味方に様々な向上効果をもたらす強化ガジェットを、物質に転用したトリッキーな戦法。
海底離宮では心強い仲間であったその特殊な技巧の使い手を、忘れるはずもない。
「あっれぇ?外しちゃった~。やっぱり水の中じゃ勝手が違うなぁ」
海中であることを意に介さず喋るものだから、ゴポゴポと空気が口から溢れる。
竹槍には太いロープが結えられており、それに引かれて心底楽しそうに呟く少年の手元へ竹槍は還っていく。
世にも恐ろしいハンターの出現に抱き合い震え上がるマージンスターとアマリンスライムをよそに、キュピーンと目を光らせ、再び竹槍を振りかぶるいももち。
「安心して。もともと穴が空いてるところを狙うから」
『『………!!?』』
入り口が有ろうと無かろうと、やや野太い竹槍を突っ込むと言われては、欠片も安心できるはずもない。
お尻をおさえ、青褪める二人。
ハンターから逃れるため、泳いでも潜ってもひたすらに男、男、漢。
もはや海底で揺らめく海藻すらスネ毛に見えてくる始末。
「あははは、待てったら~」
そして一向に、彼我との距離は開かず、驚異的な肺活量でいももちは追い縋ってくる。
絶体絶命の状況に、アマリンスライムは苦渋の決断を下した。
『俺が囮になる、せめてお前だけでも…』
『何言ってるんだアニキ!一緒に楽園を見ようって、誓ったじゃないか!』
『マージン…海のお宝を、俺達の夢を…!その目に収めてくれ!!』
一番恐ろしいのは全滅である。
例えそれが己ではなくとも楽園は確かに存在したと、志を同じくする誰かが証明さえしてくれれば。
『それが俺達の…ドラゴンクエスト…!!』
『そんな!アニキいいぃッ!!!』
アマリンスライムはスピンアタックを繰り出し、巻き起こした水流でマージンスターを押し流す。
「そぉれ、一閃突き改!」
『ぐっ、…ああああああッ!』
海中に響き渡るクリティカル音を背に、涙を海水に溶かしてマージンスターは必死に泳いだ。
アマリンスライムが貞操と引き換えに稼いでくれた時間、断じて無駄にするわけにはいかない。
フリルスイムワンピから垣間見えるしなやかな背ビレ。
うなじを晒す扇情的なショートヘアーに、しなやかな四肢。
地獄に仏、まこと艶やかなウェディの後ろ姿を、ようやくマージンスターは捉えた。
『今度こそっ!』
最後の希望とばかりに、引き締まった太ももにしがみつく。
「あら~、おませなヒトデちゃんね」
『…ブリカマの姐さんんんんッ!?』
結局、熱烈なマホトラキッスにマージンスターは意識を狩られ、波間に漂うところをあえなくいももちに一突きされてしまうのであった。
愚かな男二人の末路を、深い海からピンク色のサメバーンが笑いながら眺めていたことは、ただ穏やかな真夏の海のみが知っている。
~完~