「ふぅ…。まぁその、何だ。最後かもしれないからな。…勿体無ぇと思った。それだけだ」
「………勿体ない?」
「死んじまったら、どうにもならねぇ。それで終いだ。キッツい言い方かもしれねぇけど、サンドストームは、終わった。終わったんだよ。でもお前は、まだ生きてる」
火を挟み、対岸のマージンの視線が、ひどく熱く感じた。
「生きてさえいりゃ、お前も、復讐果たすまでの間にさ、何か次の生きる理由、見つかるかもしんねぇだろ?だから、今死ぬのは、勿体無ぇ」
身体を動かすのもやっとだろうに、一瞬身体を浮かすと、マージンは手早くジャケットを破るように脱ぎさり、燃料を失いかけた火に焚べる。
ほんの少しだが、火が勢いを取り戻す。
続けて首元のギンガムチェックのマフラーにも手をかけて…しかし僅かな逡巡ののち、マフラーを脱ぎ去るのは辞めて、そのままマージンはパタリと再び倒れ込んだ。
「俺のお節介もここまでみてぇだ。清々するだろ?はは」
もともと格別に燃えやすい素材というわけでもない。火の寿命は僅かに伸びたに過ぎず、逆に衣服を失ったマージンの身体はより急速に体温を失い始める。
「…馬ッ鹿じゃないの」
それはマージンのことか、それとも、自分をさしてのことか。
「…何を」
「暖をとるならもう一つ、ベタな方法が残ってるでしょ」
不意にティードが近付いてきた事を訝しむマージンの唇を、無理やり奪う。
今まで過去にとらわれ、ちゃんと向き合おうとしてこなかった男の顔が、吐息がぶつかるほどのすぐ目の前にあった。
「決めた。このまま死んだりしたら、私も後を追ってやるからね、マージン」
そのままティードはマージンにピッタリと寄り添い、横になる。
「はぁ!?おいティード、ふざっけん…痛っつつ…」「動かないの。傷が開くわよ。………あ、そういえば」
「…今度は何だよ?」
「名前。呼んでくれたの初めてじゃない?」
「あ~…そう…だっけ?」
「そうよ!」
明らかにバツが悪そうな顔をするマージン。
「んっ?いやでも、それはそっちもそうだろ!?」
マージンはこれまでティードから向けられてきた、まるで台所で虫ケラを見つけたときのような視線を思い出す。
「あ~…そう…だっけ?」
「そうだ!」
今度はティードの方が苦笑いを浮かべる。
「「ぷっ…くくく…あはははっ…」」
それがあまりにも滑稽で、どちらからともなく大きな笑い声があがるのだった。
案の定、それから火は幾ばくも保たなかった。
二人で、生きて帰る。
その選択肢に辿り着いたからこそ、二人は互いの体温で吹雪が止むまでを耐え忍び、無事下山に成功した。
それからも色々あったが、今やこうして最初は軽蔑していたはずの男の妻になり、種族の違いも乗り越えて子供にも恵まれた。
そしてこの度、憧れの男が実は義父であったなどというオマケもついた。
生きてみるものだ。
隣で未だ手を合わせている夫をそっと見つめ、柔らかに微笑むティードであった。
~完~