本作は蒼天のソウラを題材とし、蒼天のソウラ単行本第19巻P70~72掲載のスペシャル企画『みんなと一緒に写真撮りたい!』の後日談をイメージした二次創作作品となります。私個人の解釈、オリジナル設定が多々ございます、ご了承下さいませ。
◇◇◇
丑三つ刻の荒野を、2台の幌馬車が走る。
舗装こそされてはいないが、グレンとガートラントを結ぶこの道は街道と言っても差し支えない程度には、行き交う人々の足に踏み均され、ここまでは軽快に進むことができている。
とはいえ時刻は深夜、昼間に比べてモンスターの種類も凶暴性もがらりと変わる。
勿論、本来であれば避けるべきタイミングであるが、彼らには今でなくてはならぬ事情があった。
慎重に辺りに目を配りながら、まばらにならぶ松明と、御者台の隅に取り付けたランプの僅かな灯りを頼りに馬車を駆る。
緊張から湧き上がり、生え際を湿らせる汗を腕で拭った、その時。
闇夜を切り裂き凛とした声が響いた。
「…馬車を停めろ!積荷を検めさせてもらう!!」
待ち伏せていたのだろう、巨大なサボテンの影から一騎がまろび出て、並走を始める。
闇に溶けこむような濃紺のローブに身を包み、そのフードを顔が全く見えぬほどに目深に被っている。
跨がる馬もまた、大地に溶け込むような毛並の個体を厳選したのだろう。
土煙を巻き上げ走り出した今尚、その姿はとても視認が難しい。
「ここは私が時間を稼ぐ!お前は先に行けっ!!」
後方の幌馬車の御者は叫び、騎馬を押し潰さんとその進路を寄せる。
「…甘く見られたものだ」
フードの男の台詞は、巧みに馬を繰り、迫りくる幌馬車を躱したことを誇るものではない。
速度を上げて離れていく先頭の幌馬車の側面にもまた、いつの間にやら別の一騎が逃しはせぬと並走していた。
まるで子供のように小柄なフードの男と異なり、そちらに騎乗しているのは長大な槍を背負った、たくましい体躯のオーガの男。
太古に栄えたオルセコ王国の闘技場、そこで日夜剣戟を交わし続けた闘士達の血を引くその巨漢ではさして意味がないと判断したのか、ローブで身を隠したりはせず、上は厳かでありながらも大胆に腹筋と肩を晒した炎の帝の衣装、下は風に棚引く襟下と胴裏に施された金の刺繍が火の粉の如く闇夜に舞う。
「おのれ…おのれぇっ!!もとは我が主への供物の分際で、またも邪魔立てするか、アレス!!ヒッサァ!!」
例えローブに深くその姿を隠そうとも、または、闇夜に遊ぶ狐の面で口元を隠そうとも、夢を砕いた憎き怨敵を見紛うはずもない。
ふくよかで如何にも善人然とした御者の瞳が、ぎょろりと獣のそれに変貌する。
幌馬車の速度は緩めぬまま、指先を割るように茶褐色の爪が生え出で、ぼこぼこと筋肉が膨らみ始めた腕を天へと突き上げれば、呪詛を孕んだ赤い稲妻が乱れ飛ぶ。
アレスは冷静に軌道を見極め、自身に向かう一本へ先んじて背負っていた盾を投げつけ、避雷針とした。
風圧でフードが捲れ上がり、整った赤髪とエルフの特徴たる尖った耳があらわになる。
「強化薬…!紅衣の悪夢団め、バズレッドが使用した以外にも、まだ隠し持っていたか!ヒッサァさん!!気をつけて!」
ヒッサァの追う幌馬車の御者もまた、見る間にその肉体が膨れ上がり、御者台は枯れ枝のように折れ潰れて、幌馬車を引くどころではなくなった馬が引きずられ転倒して悲鳴を上げる。
二人の御者はやがて完全に人の形を失い、自らが操舵していた幌馬車をも遥かに上回る、幾本の禍々しい角と大きな翼をもった紅き獅子へと変貌を遂げるのだった。
続く