「…参ります」
「ああ、来い!!!」
久々の再会を果たした恋人のように駆け寄る両者。
間合いに入るか否かの刹那、かげろうが先ず一太刀を抜く。
鞘から飛び出すやいなや、雷の如く光を反射するその太刀が首に迫る様を、いなりは瞬き一つせずはっきりと捉え、かげろうを上回る速度の居合で後の先を狙う。
果たして死神の鎌が首の皮に触れた瞬間に、いなりの剣はかげろうの一の太刀を打ち払った。
(…浅い)
それとて確殺の一撃であったが、いなりの居合に迎撃されることは折り込み済みだったのだろう。
刀ごと跳ね除けられた衝撃は二の腕までに消化され、かげろうの体勢を崩すに至らない。
間髪入れずに襲い来るかげろうの二の太刀に対し、いなりは刀と共に伸ばしきった右腕が悲鳴をあげるのを構わずに反転させる。
筋を痛め、刀をただ握る他は用をなさない右腕に代わり、鞘を手放し伸ばした左手で柄頭をギリギリ掴み、引き戻すように振り抜いた。
いなりの渾身の二撃目は見事かげろうの太刀を振り払うが、かげろうが大きく仰け反っていた為に、切先が僅かに血を引くものの、その首を捉え損ねる。
(いや、違う…)
いなりの斬撃を避けるためではない。
先に振り払ったかげろうの右の太刀が、胴から腕に連なり天を突くように掲げられていた。
(高いなぁ…こんなに遠いんだ…)
放った2連撃でいなりの両腕はもう刀を振るえない状態、しかしかげろうは攻撃を弾かれた上で自然な構えをとっている。
憧れの剣の高みに対する自身との乖離をまじまじと感じ、敗北を認めた途端、限界まで張り詰めていた神経が糸を切ったように途切れる。
きっと鮮やかな唐竹に割られるのだろう、遠退いていく意識の中で、いなりはかげろうの手にかかる事を何処か誇らしげにすら思いながら前のめりに倒れ込む。
その頭上で、サン、と澄んだ斬撃の音が響いた。
「…素晴らしかったぞ、いなり」
かげろうは倒れ込んできたいなりの身体をそっと受け止める。
かげろうの三の太刀は、いなりではなく一見何もない空間を切り裂いていた。
まやかしが破られ、姿を見せた機械装置がゆっくりと中央で縦にずれ落ち、爆発を起こす。
この空間が強力な呪いと幻惑、そして他者との意識を繋いで作られていることまでは瞬時に察していたものの、その術の主の気配が探れなかった。
一流の冒険者と比較しても遥かに鋭敏な感覚をもつかげろうだが、相手が意思を持たず、身動き一つしない機械となると相性が悪い。
それゆえに死闘を演じ、極限まで感覚を研ぎ澄ます必要があった。
相手がいなりであったのは、実に僥倖。
ソウラやユルールならいざ知らず、その他の相手であったら、こうまで意識を昂めることは出来なかっただろう。
「今度はまやかし抜きで刀を交わそうな…」
じんわりと熱を帯びる首の傷に触れる。
いなりの太刀が間一髪首を掠めるに留まったのは、まったくの偶然だ。
装置の破壊の為の三撃目を用意していなければ、『遠雷』は打ち破られていた。
「ふふ…また許嫁が増えたな…」
覚醒を促す光に包まれる中、熱に浮かされた笑みを浮かべ、悪夢を抜けるぎりぎりまで膝枕に寝かしたいなりの頭を撫で続けるかげろうであった。
続く