「レンダーシアから帰還されていたのですね。幸いでした」
ヒッサァは供された湯呑に満ちる熱いほうじ茶をズズッと一口すする。
「もともとボクがシャナクも含む古代呪文の調査・復活の任に就いたのも、それを用いてエルトナの緑の大地を守る………友の使命を引き継いだことが理由だからね」
ヒッサァとアレスが例の装置を持ってまず訪ねたのは、薄緑のおかっぱ頭に、知性を感じさせる鋭い形状の眼鏡、サテンのような光沢が眩しい高級な布地であつらえられた紋付袴に身を包んだエルフの青年、アサナギのもとだった。
アサナギとは、かつて、紅衣の悪夢団により刻まれたダークドレアムのいけにえの刻印を消すために協力を仰いだ、アレスにとってもヒッサァにとっても命の恩人ともよべる戦友である。
彼の故郷、ツスクルの村の学舎の一室。
現在アサナギが仮住まいとしている部屋にて、再度暗躍する紅衣の悪夢団への対抗策を練るために集まったわけなのだが、そこにはどういうわけか予期せぬ先客の姿があった。
「しかし、まさかバウムさんがいらっしゃるとは思わなかった」
アサナギとの再開に加え、アレスにとって嬉しい偶然が一つ、ツスクルの地に待ち受けていた。
魔法合成士、ブラオバウム。
アストルティアに名を轟かせる術師である彼とアレスはかねてより運命が折り重なる機会に度々恵まれ、共に数々のクエストを乗り越えてきた間柄である。
「やや、今日の私は急にアサナギさんの所へお仕掛けた身、気にせずお話を進めてください」
ブラオバウムの方としてもアレスと積もる話はあるものの、大事な話の腰を折っては申し訳ないと、ピンクの長髪をなびかせ、ランプの注ぎ口を伸ばしに伸ばして柄に変えたような独特の形状の両手杖を肩に立て掛けて、引き続きマイペースに緑色の串団子を咥えている。
産地地消、村名産の茶葉を粉末にし米粉としっかり混ぜ込んで作られた団子はさながら淹れたての緑茶の如き芳醇な香りを放ち、その緑はエメラルドのように美しい。
そのうえ、つきたての餅のような弾力とコシ、加えてそのくせまったくベタつきの無い歯切れの良さとくれば、お土産の定番、度々他の大陸の新聞にも取り上げられるのも頷ける。
ほっとする香りのほうじ茶と共に山のように出された茶団子を、はしたないとは思いつつ、アレスとヒッサァは既に五本ずつ平らげていた。
「何だ、知り合いだったのか。世間は狭いな。ブラオバウム殿はシャナクについて話を聞きに来たそうだ。ほら、アレスにヒッサァも、ヴェリナードの上空に不気味な月が浮かんだ事件を覚えているだろう?その解決に一躍買った彼の話にボクも興味があってね」
「いやいや、私の働きなんてささやかなものです。他の皆様方の頑張りがあったからで。…ところで、ふむ、何処かで…見覚えがある紋様ですね。はて…」
ブラオバウムは謙遜しつつも、さらりと話に踏み込み、アレスとヒッサァが止める間もなく卓上に置かれていた機械装置を手に取った。
頓知を捻るように嘆息を漏らし続けた後、ガバッと立ち上がる。
「そうだ!そうですよ!!これはエテーネの紋章!!!」
「エテーネ?そこは確か、かの冥王ネルゲルに滅ぼされたという?」
かつて大魔王の力でレンダーシアを封印した目的の一つが、時渡りという特殊な能力を持つエテーネの民の抹殺にあったというのは密かに伝わる噂話としてアレスの耳にも入っていた。
「ええ、しかし、この精巧な造りに高級感。恐らくは古代に存在したというエテーネ王国に縁の品ではないでしょうか?」
「おお!して、その機械の正体は!?」
思いもかけずもたらされた進展に、揃って立ち上がるヒッサァならびに一同であったのだが。
「さぁ?それはサッパリ。絡繰は私の専門外ですからねぇ。ははは」
あっけらかんと笑うブラオバウムの見事な肩透かしに大きくずっこける3人であった。
続く