「馬鹿ァ!だから言ったじゃない!!手紙を読んじゃダメって!!」
甲高い声とともに、何か、いや、誰かがトルネコの頭上から落着する。
「………う~ん…むぅん…」
強力な呪いのせいでクラクラと頭を揺らす男の周りを飛び回りながら、先の声の主は罵倒を続けている。
「あの手紙は釣り針みたいなものだったのよ!思考を引き寄せて、呪いにかかりやすくする呼び水。だから読むなって言ったのに!」
「いやしかし、弟から久しぶりの手紙で………ん?弟…?」
仕入れを終え懐かしい我が家に帰った所、玄関に置かれていた小包。
梱包の紐に挟まれた封筒に刻まれたていたのは、懐かしい名前だった。
久方ぶり、それこそ10年ぶりになる家族からの便りを無下になどできようか、と思考が巡ったあたりで、男は自分に弟などいないことをようやく思い出す。
「あ~そうかぁ、封筒自体もどっぷり催眠効果付き…あ~、迂闊!」
送り主の用意周到さを知り、嫌な匂いのする荷物を見つけた時点で、相棒に先んじて呪いの類に耐性の強い妖精種である自分が処理をしておくべきだったと頭を抱える。
「…あのぅ…そろそろどいて頂けませんでしょうか…」
ようやく会話の切れ目にありつき、下敷きにされていたトルネコは押し潰されそうな肺から何とか言葉を絞り出す。
「うわっ、す、すみません!!」
「あ~…痛たた…おっと、荷物は…良かった無事だ。やれやれ、お怪我はないですか?」
商売道具に破損がないことを確認し、むしろ自分に向けられるべき言葉で相手を気遣う。
そこで初めてまじまじと二人の来訪者を見つめるトルネコ。
「…おや?…おやおや?」
背筋に走る悪寒。
その感覚にトルネコは覚えがある。
呪いを帯びた装備品を前にしたときの、独特な感覚だ。
呪いの装備を抱えたオーガ。
そして、その頭上で未だ文句を吐き続けながら飛び回る妖精。
「妖精を連れた呪物のプロフェッショナル………もしや………。途絶えていた系譜に、突如後継者が現れたと風の噂で聴いてはいましたが!」
トルネコはガッシと男の手を掴む。
「あなた方は伝説の武具商人、クマヤン殿に、マユミ様ではございませんか!?」
「………えっと…ええ、はい。…って、もしや貴方こそ、放浪の商人、トルネコ様ではありませんか!?」ご先祖様の高名はかねてより知ってはいたが、自分にその憧れの眼差しが向けられると戸惑いを禁じえない。
加えて、その相手である。
水色のストライプを豊かな腹回りで膨らませ、ただでさえ巨大なリュックからはみ出さんばかりに商売道具を詰め込んだその出で立ち。
冒険者パーティの間でまことしやかに囁かれるは、待ち受けていたかのように迷宮の最奥部に現れ、様々なレアアイテムを販売してくれる商人がいるという都市伝説。
目の前の人物は、クマヤンもいつの日かお目にかかりたいと思っていた伝説の商人、トルネコに他ならない。
胡乱な空間ながら、和やかな雰囲気が漂い、マユミも少し気を抜いた、次の瞬間。
トルネコから不穏当な言葉が飛び出す。
「いや~、まさかクマヤン殿と雌雄を決する事が出来るとは、光栄の極みですよ」
「なんのなんの、それはこちらのセリフですよ」
依然、堅く手を取り合う二人の瞳には、魅了された証であるピンク色の怪しい光が宿っている。
「…これはマズい!そういう類いの呪いなのね!?」思考誘導し仲違いさせ、仲間同士で殺し合わせる。
およそ一番性質の悪い呪いだ。
なまじ自身に呪いの効果が及んでいないせいで、マユミの気付きが遅れた。
異界への転送と呪いの媒体であったと思われる装置も見つからず、妖精の小さな身体では、間に割って入った所で抑止力に足り得ない。
「あ~~~っもう!どうするのよ、この状況!!」
お互い好敵手を前に不敵に笑い合うクマヤンとトルネコ。
一触即発の二人の周りで、必死に考えを巡らせるマユミであった。
続く