「では続いて私、まず取り出しましたるは、滝の流れる洞窟の宝箱から見つけた逸品、『じゃしんのめん』でございます!」
骨とも石ともつかない材質の面はどちらかといえば兜と呼ぶべき代物で、すっぽりとトルネコの頭を覆い、醜怪な顔立ちにいかにも邪悪そうな牙が飛び出している。
(そうそれ!そういうの待ってたのよ!)
マユミは心の中で再度ガッツポーズを繰り出す。
『じゃしんのめん』は装着者に敵味方の区別がつかず襲いかかるほどの混乱の呪いをもたらすはずだが、今のトルネコにその兆候はない。
先のクマヤンのかつらでは、頑固者になる呪いが降り掛かっているのかがどうにも確認できなかったが、今度はバッチリである。
「ぐぬぬ…欲しい。凄く欲しい。いやいや、そうでなくて。次はこれだっ!」
「おおおっ!!」
クマヤンが着込んだ紫がかった骨鎧を見るなり、トルネコから歓声が上がる。
「『あくまのよろい』ではないですか!各部位まで全て揃えるとは!!」
稀に金縛りをもたらすその鎧は、今回の仕入れで一番入手に苦労した品である。
目をランランと輝かせ、よだれを垂らす勢いで見入るトルネコの様子に、クマヤンは報われる思いを抱く。
「負けてはいられません!私はこちら、『ゾンビメイル』でございます」
「装備しているだけで体力を奪われていくという…!さすがトルネコ様…。コーディネートも素晴らしい!」
その珍しさもさることながら、腐肉のようなくすんだ緑色の革鎧は所々が黄色く変色しており、おぞましさが先のじゃしんのめんと相俟って絶妙なベストマッチとなっていることにクマヤンは敗北感を覚える。
ともあれ、呪い装備マニア以外誰も喜ばない不毛な争いも残すは最後の一品という所まで来た。
しかし事ここに至っては、そもそも優劣をつける必要のない勝負に付き合うこともない。
こうしている間にも、ゆるゆるとではあるが、クマヤンとトルネコの生命力は奪われていっているのだ。
(うえっぷ…流石に私でも吐きそう…そろそろ充分ね…)
既に呪われている者は、それ以上呪いを受けることはない。
その状況下で、呪いを積み重ねればどうなるか。
ここがアストルティアであれば、迷惑にも耐性を持たないパーティメンバーに降りかかるか、行き場なく霧散する所であるが、マユミは完全な耐性を持ち、呪いで区切られたこの空間には呪いが薄れる余地もない。室内で乱反射を繰り返す濃密な呪いの波は、いまやこの空間に歪みをもたらす程に増大した。
あとはそこにちょっとした亀裂を入れてやるだけである。
「そうそう、実はわたしもね~、クソッたれな王様とやらに、見せたいもんがあるのよ!!」
マユミは機が熟したのを確信し、懐からあるものを取り出す。
それは、海底離宮の折、最後の乱戦の最中、いつの間にかドレスの端に刺さっていた石と化した茨の棘。
かつて、魔公王イシュラースが一族を守るために用いた優しい呪いの残滓だ。
姿は見えないが、きっとこの部屋の様子を腹立たしくも高みの見物しているであろう輩に向けて高々と掲げ、天井付近に現れている空間の揺らぎに突き刺した。途端、まるで風船が弾けるようにあたりの景色が掻き消えていくと同時に、懐かしいアルコールの薫りと、ワックスの光沢がよく馴染んだ渋い色合いの木目のクマヤンの酒場の光景が混じり合う。
その狭間で、マユミは水槽に浮かぶ4本腕の魔神と、血のような赤い鎧に不気味な仮面をまとった男の姿を垣間見た。
(あれが…王…?)
だがそれも一瞬のこと。
まして、マユミは仮面の男がかつてアレス達に倒されたバズレッドに酷似していることなど、知る由もないのだった。
何はともあれ、マユミとクマヤンの悪夢はこうして終わりを迎えた。
「良かった…帰ってきた~っ…」
脱力してカウンターにのびるマユミ。
「………んん…?何だか…変な夢を見たような…んっ?あれっ!?いしのかつらが割れてる!?苦労したのにっ!!」
すっかり脱力するマユミの隣で、クマヤンの悲鳴が上がった。
いしのかつらは恐らく、マユミの行った呪力衝突のあおりを受けたのだろう。
綺麗に真っ二つに割れていた。
「トルネコさんだったっけ…大丈夫だといいけど…」次第に泣き声も混じりだす相棒をよそに、いまや砕けて転がる、発端となった機械装置を睨むマユミであった。
その頃。
クマヤンの酒場とは遠く離れた迷宮の一室で、トルネコも目を覚ます。
「う~ん…寝てしまいましたか。おや!?『ゾンビメイル』に亀裂が!?…う~ん、これはネネに怒られてしまいますねぇ。仕方ない、もう少し稼いでから帰るとしましょうか。…しかし何でしょうね?夢の中で、とても嬉しい出会いがあった気がします。ほほっ、さぁ、商売商売!」
気を取りなおし、再び迷宮の奥へと歩みゆくトルネコであった。
続く