工房の最奥部に位置する、ロマンの私室から機械音が響かなくなった、深い夜。
夢の狭間にロマンの姿はあった。
「………そう、その顔だよ。俺っちにとっちゃあ、お前は本物の…」
光を優しくたたえる栗色の髪。
気品に満ちつつも幼さの残る大きな瞳。
見る者を勇気づけ、奮い立たせる柔らかな笑みの裏に隠した秘密、余りにも大きな苦悩と葛藤を友にすら終ぞ明かさぬまま、ロマンの知る勇者は旅立った。
レンダーシアの封印が破られた後、駆けつけたグランゼドーラで再会した肖像画の中の友は、まるで赤の他人のようで…。
今、目の前にいる幻の彼こそが、本物なのではないかと願ってしまう。
遠い昔、大魔王の脅威に晒されつつも、まだ穏やかな時間が流れていた頃のレンダーシア。
若かりし日のロマンは、地に根差した技術を学ぶため訪れたグランゼドーラ城で、師匠の名を出した途端盛大な歓迎を受け、初めて師に対し尊敬の念を抱いた。
その宴の場となった大広間をイメージした空間、とても歳下であるどころか、まだ二十歳を迎えていないとは思えない、あの時と同じ凛々しい姿の少年がロマンの前に立つ。
「…我が儘で出てきてもらっておいてすまねぇが、さっそくおっ始めようか!」
ドルセリンで無理矢理動かしている幻灯機、稼働時間はさして長くない。
ロマンは名残を振り払うようにノコギリエイソードを抜いた。
応じるように少年もまたサーベルを抜き放つ。
師匠仕込みのバトマスの流儀にのっとったロマンの猛々しい攻めを、少年は流麗な体技で耐え忍ぶ。
(くっそ!こっちの攻撃をこうも完全にガードしてくるか!!)
ロマンのノコギリエイソードは刃が荒く、振るう力もとてつもなく強い。
受けてはサーベルを傷めかねない為、基本は回避に専念し、受けざるをえない攻撃はロマンの腕ごとすくい上げるように優しくいなす。
教本のお手本のような無駄のない動きでありつつ、その所作の全てが研ぎ澄まされており、尋常でなく対応が速い。
左手のハンマーも加えた変則二刀流でロマンがひたすら攻め続けるのも、相手が攻めに転じたら受けきる自信が持てないからである。
僅かに相手の軸がぶれたのを見てとり、好機とロマンは天下無双の6連撃を仕掛けて、失策を悟る。
(…誘われた!!)
流れるようにロマンの攻撃が空を切る。
そしてロマンの三撃目と四撃目の間に挿し込むように、自然な動作で股を大きく開き、踏みしめた大地の力を吸い上げて、光り輝く弧月の衝撃波を解き放つ。
それが近付き、防ぐ間もなく自らを吹き飛ばすのを、ロマンはどこか誇らしげにすら感じるのだった。
「あ~っ、畜生!やっぱ強えぇなぁ!」
過ごした時間は短い。
だが、彼とロマンの間は、とても深い友情で結ばれていたのだ。
いつの日か再び、交わしたい言葉があった。
いつの日か、二十歳を迎えた彼と酌み交わしたい酒があった。
飛ばされたままの姿勢で大の字に寝転がり、友を悼みこらえきれない涙で潤む瞳が見られないよう顔を背けた。
視線の先で滲む指先は、涙のせいだけではない。
仮初の友との再会は、そろそろ時間切れのようだ。
その時。
「…こうして君とまた会えるとは、なんという幸運だろう。私の愛したグランゼドーラを…レンダーシアの民を…できればこれからも支えてやってほしい」
優しく、力強い声が確かに聞こえた。
友の姿は、記憶から組み上げた偽物だ。
話すはずはなかった。
それでも投げかけられた言葉に、ロマンは慌てて上体を起こすが、同時に装置は停止し、見慣れた工房の景色が広がるのみである。
すぐさま再び装置を起動しようとして、思い留まる。
出逢いは一期一会。
親友トーマの思い出を胸に、ロマンは装置の完成を告げるため、近くの宿屋に拠点を設けるアレスとヒッサァのもとへと向かうのだった。