「…何処だここ?」
どうにもスッキリしない頭をブンブンと振ってみるが、微熱にうなされるような、ぼうっとした感じは拭えない。
腐った血のような赤黒い壁に、微かに聞こえる波の音。
全く見覚えのない薄暗い円形の部屋の中に爆弾工作員マージンはいた。
「さぁ?何処だろうな?」
マージンと同じく部屋に囚われたエルフの冒険者、フツキもまた、曖昧な記憶に戸惑いながら自らの状況を分析する。
確か、久々に帰った自宅で掃除の手始めとして、郵便受けの手紙を整理していた筈だ。
ドラキーメール便の使用料明細、馴染みの食材店から注文していたコーヒー豆の入荷の知らせに加えて、小包と共に送られた見慣れぬ一通の古めかしい便箋。
それはマージンに宛てた、マージンの弟からの手紙だった。
誤配送も甚だしい。
苛立たしい気持ちを抱え、マージンのマイタウンまで荷物を運んで…。
「いや………マージンに弟なんていたか?」
『弟』というフレーズにマージンも反応を示す。
「ああそうだ!久しく会ってない俺の弟から荷物がフッキーのところに間違って届いたとかで…」
「いや待て、お前に弟なんて居ないだろ?」
「あ…そういえばそうなんだよなぁ…」
再び首を傾げる。
何かおかしい。
弟など居ない。
まあ、もしかしたら居るのかもしれないが、少なくとも知りうる限りは存在しない。
なのに今、久しく会っていないと何故すらすら言葉が出たのか。
何か、大事な事を思い出せそうな気がするのだが、喉に刺さった魚の小骨のように、あと一歩浮かんでこない。
「…そんなことよりもだ」
考えても詮無きことは置いてこう。
フツキは腰からピックを引き抜き両手にそれぞれ構える。
「ああ、そうだな」
マージンは応じるように逆手でナイフを構え、グリップの起爆スイッチに親指を添える。
今の自分達にとって一番大事なこと。
我らの王の為に、全力で。
「「…お前を、倒す」」
スティックの軸を内包したピックがフツキの魔力を増幅し、イオの爆発を巻き起こす。
バク転で間一髪それをかわし、更に後ろへ下がるマージン。
「両脚接続!イオナズン!!」
今度は放つのではなくスーツ脚部に呪文エネルギーを蓄積し推進力に転化、誘うようにがら空きのその胴に拳を叩き込もうと距離を詰め………しかしフツキは背筋を襲った悪寒に従い、沈むように姿勢を下げてぐるりと一回転、足を払う。
飛んで避けるマージン、そのまま自身の背後に回したフツキの足は、コツリと軽い音を立てて何かを蹴り飛ばした。
ややあって、背後から慣れ親しんだマージン謹製のギガボンバーの爆熱が巻き起こり、フツキの背を炙る。
初手のフツキのイオに合わせて、マージンは足元にギガボンバーを仕掛けていたのだ。
直感に従っていなければ、今頃、熱いでは済まされなかった。
そもそもフツキが追撃に出て距離を詰め、壁とならなければ爆発に巻き込まれていたのはマージン自身である。
いかれている。
しかしフツキなら確実にそう出るだろうと、ある種の信頼をもっての行動だ。
「…?」
そこでまた、フツキに疑問が生じる。
そうだ。
マージンとは不本意ながら、背中を預け預けられる間柄ではないか。
なのに何故、マージンと命のやりとりをしているのか。
いつの間に開発したのか、小型の固定砲台まで取り出して苛烈に攻めたてるマージンの攻撃をいなしつつ、何とか思考を巡らせる。
不審に思われてはいけない。
いや、それは誰に?
…とにかく、本気の死闘を演じていると思わせておかなければ。
その考えに至っているのはマージンも同様だった。
致命傷となる一撃の、狙いをコンマ1ミリずらす、もしくは繰り出すタイミングを僅か0.1秒遅らせる。
そうすれば必ずフツキは対応するはずだ。
言葉を交わさず示し合わせ、この状況に至った原因を記憶の中に探し求める。
マージンとフツキの長い悪夢は、まだ始まったばかりであった。
続く