腹ごなしも済んでいよいよ本題、器を店主に返した後、ロマンはアレスから預かっていた幻灯機を取り出す。
「一度バラして、部品を一つ抜いてある。勝手に動きはしないから安心してくれ。…さて、解析の結果だが、こいつは対象の意識だけを、別の空間に飛ばす機能を持っている事がわかった」
「別の空間…」
「さらには近場にいる相手、周りが無人であれば遠い何処か、幻灯機の近くにいる相手を、同じ空間に誘うように改造されている」
それは恐らく、エテーネ王国で作られたオリジナルの幻灯機には付いていない機能であろうとロマンは推察を加える。
「転移先を指定するパーツにはたっぷり魔瘴とメダパニーマの魔力が染み込んでいた。そんな状態で密閉空間に閉じ込められちゃあ、あとは言うまでも無ぇわな」
「アレスさん、ブラオバウム殿の、怪我をされた当主の話はやはり…」
「ああ、蠱毒のようなものか。閉じ込めた二人を戦い合わせて、生命エネルギーを吸い取っているに違いない」
アレスはかつて、ダークドレアムに刻印を刻まれた時を思い起こす。
あの時は紅衣の悪夢団の根回しはあったとはいえ、ダークドレアム手づからに生贄を異空間へ引き摺り込んでいた。
今回の事件は、似ているようで細部が決定的に異なっている。
紅衣の悪夢団の狙いがダークドレアムの再顕現だとして、この違いが意味するもの。
やはり一度倒された上は、やすやすと復活出来ないのだろう。
おぼろげながらも、目的地も見えてきた。
攻め込むは、今が好機。
同じ考えに至ったアレスとヒッサァは、無言のままに視線を交わし、頷きあう。
「で、正気を保ったまま、転移を行うことは可能だろうか?」
アレスの問いに、ロマンはニヤリと笑う。
「はいはい、そう来ると思ってたぜ!」
満を持して、ロマンは仮初の友との再会を演出した、自作の装置をテーブルに並べた。
「名付けて!『ブリリアント10thアニバーサリーJ.T.ロマンウルトラダイナミックイリュージョンマシンオンラインVer.6』だっ!!!」
テーブルに聳え立つは、オリジナルとは全く趣きの異なるきらびやかな金色のカラーリングの尖塔。
幻灯機をモチーフとしながらも、茶色じゃなくて本当に良かったと、見る者が揃って思う螺旋の造形が何故か無意味に施されている。
そして何よりも。
「「「え?何て…?」」」
相変わらずなロマンのネーミングセンスに、アレスとヒッサァはもちろん、思わず寡黙な店主までカウンター越しにツッコミを入れる始末であった。
その頃、セピア色に染まる世界に、一人の男の姿があった。
不気味な仮面をまとった男は、寡黙に偽りのリンジャの塔を登る。
「………」
当たり前の話だが、完璧な計画とは、失敗をしない計画ではない。
むしろ計画は必ず失敗すると前提し、どうカバーするか準備を済ませておくことが重要だ。
かの大魔王が創造したこの偽りの世界で、オリジナルと同じ姿と記憶を持たされた意味。
そして与えれた幻灯機という手段。
果たして自分は、バズレッドの予備なのか、それとも大魔王マデサゴーラの予備なのか。
幾度となくその悩みは去来するが、実のところはどうでも良い。
計画通りドレアムが顕現すれば、全ては無に帰す。
真の世界だろうが、偽りの世界だろうが。
本物だろうと、偽物であろうと。
生まれた意味や創造主の思惑が何処にあろうとも、それらは等しくどうでもよくなる。
そしてそれこそを、我は望む。
偽りのレンダーシアに産み落とされし、偽りのバズレッドはやがて辿り着いた塔の頂上で、未だゆりかごの中のドレアムが待つ悪夢の世界に向かうべく、かつてアレスらの胸にもあった生贄の刻印が刻まれた特別な幻灯機を起動するのであった。
続く