「…遅かったようですね」
最短ルートで箱舟と馬車を乗り継ぎブラオバウムが辿り着いた、懐かしきマージンのマイタウン。
「フツキさんが訪ねてきたあと、すっかり静かになったもんだから、カジノにバニーガールでも見に行ったのかと思ったら、マーちゃんもフツキさんも床に倒れていてそれきり全く目を覚まさないのよ。気付いたら痣も増えていってて…」
こんな時だからこそ、ブラオバウムを出迎えたマージンの妻ティードは、不安な気持ちを押し殺し気丈におどけてみせるが、散乱する応急キットの有様はその内心を物語っている。
「マージンさんはともかく、フツキさんはバニーガールには興味が無さそうですが…控えめな方が好みと伺った気がします」
ブラオバウムもまた適当なウイットでにこやかに場を和ませつつ、素早く室内に目を配る。
「…やはり在りましたか」
「ああ、それ。何か、フツキさんのところにマーちゃん宛ての荷物が誤配送されてたとかで」
眠り続ける二人と関係があるかと思い、ティードは幻灯機と手紙を拾い、カウンターテーブルに運んでいた。
「変なのよね。手紙は白紙だし。宛名だって、あらためて見ると、何も書かれていないのよ」
「………ふむ」
手紙をつまみ上げ、ぐるりと見回して、最後にすんすんと匂いを嗅ぐ。
「ティードさん、二人のことは私にお任せ下さい。それと、この部屋、いえ、この建物からはしばらく離れていて頂きたい」
「えっ、私にも何ができることはないの?」
「不本意でしょうが、貴女には万が一の保険をお願いしたい。一日経っても私が出てこない時は、ツスクルの学舎、アサナギ氏を訪ねて下さい。なぁに、華麗にお二人と共に舞い戻ってみせますとも」
「わかったわ。申し訳ないけれど、私には手のうちようが無いし、何か心当たりがあるなら、バウム先生にお任せするわ」
「ええ、グランドタイタス号にでも乗ったつもりで、ご安心を」
お願い通り離れていく背中、扉が閉まる音まで確認した後、ブラオバウムは思案する。
眠りから目覚めたら傷を負っていた当主。
今尚、見ている傍から生傷が増えていく二人。
「さて、大見得を切った手前、何とかしませんとね」ロマンが明かした装置の謎を、当然ながらブラオバウムは知る由もない。
「ん~、眠ってみるのがセオリーですが、いまいち確証に欠けますねぇ…。仕方ない、気乗りはしませんが」
ブラオバウムは白紙の手紙をクシャリと丸めると、一息に飲み込んだ。
既にマージンとフツキに対して発動済みのトラップなのだろう、鼻を近づけた際に感じた呪詛の残り香は非常に薄かった。
しかし効果は薄れていようと、丸ごと取り込めば多少なり役には立つだろう。
ベッドにもたれかかるように床に腰掛けると、そっと瞳を閉じるブラオバウムであった。
「…いい加減、爆薬も尽きたんじゃないのか」
「へへ、そっちこそ、魔力は空っ欠だろうよ」
おぞましいとはいえ、それなりに整っていた室内は主にマージンの爆弾によりすっかり荒れ果てている。
「お互い、残るは拳のみか」
マージンは焼け焦げたグローブを脱ぎ捨てる。
「ああ。…マージン、前から一度、本気の本気でお前をぶん殴ってみたかったんだ」
コキコキと指を鳴らしたあと、ゆっくりと拳を堅めるフツキ。
「それはこっちのセリフだぜ!」
「ふっ…ざけんな!どの口がッ!!!」
ピッタリと息のあった右ストレート。
まさにクロスカウンターで相手の頬に突き刺さるかと思われた拳は、突如間に割って現れた闖入者の顔面に直撃する。
「あ~…ご両人…意外とお元気そうですねぇ…」
「「バウム先生…!?」」
両サイドから拳に圧迫され歪んだ口から、何とか絞り出すブラオバウムであった。
続く