「ぐっ…これは…なるほど強烈ですね…」
同じく悪夢の狭間に囚われた以上、ブラオバウムにもまた呪いは降りかかる。
実に清々しいほどのパンチをもらったとはいえ、心の内に湧き上がるマージンとフツキに対する殺意は明らかに異常だ。
拳によるダメージではなく、脳に直接焼き付けられるような命令の圧にブラオバウムはたたらを踏み、顔面を平手で抑えてしゃがみ込む。
「ちっ…この期に及んで敵が増えるか…」
予期せぬ再会に驚いたのは一瞬、すぐさまマージンとフツキはブラオバウムを敵と認識し、ジリ貧の状況下からの勝ち筋を探る。
ナイフを握り直し、間合いを測るマージンとフツキに対して、ゆっくりと顔を上げたブラオバウムの瞳は、やはり二人と同じく呪われた証しの紫に染まっていた。
「魔法使い相手に距離を詰めれば何とかなんて初歩の初歩。まさか私に通用するとでも考えているのですか?馬鹿にされたものですねぇ」
冷たい言葉とともに一瞬にしてブラオバウムを中心に拡がる魔法陣は、ジバルンバサンバの前兆。
苦しんで見せる間に詠唱と設置を終えていたのだ。
「やっべぇっ…!!」
慌てて飛び退くマージンとフツキを追い掛けるように、ブラオバウムを中心としておびただしい数の岩の刃が乱舞する。
「…ふぅむ。アレを試すときが来たようです」
岩塊の波が収まった先、ブラオバウムはゆったりと持ち上げた右手に煙のようにとぐろ巻く紫色の醜怪な魔力、左手には液体のようにすら見える濃度で、優しく緑に輝き生命力に満ちた魔力を滴らせている。
「「まずいっ…!」」
ブラオバウムの恐ろしさは、彼の魔力に由来するあまりにも強大な呪文の威力や、知識や経験に基き適切に繰り出される星の数ほどの習得呪文ではない。
それらも勿論充分過ぎる脅威ではあるが、一番の恐ろしさはそれらの呪文を組み合わせて繰り出される合成魔法だ。
当然ながら全てがブラオバウムのオリジナル、元の呪文と異なる効果をもたらすそれらに、対応する間もなく敵は葬られる。
ジバルンバサンバは切り札を使う時間を稼ぐためでもあったのだ。
呪文の発動前に抑えようと駆け出すマージンとフツキの目の前で、2つの魔力は螺旋を描き混じり合い、ブラオバウムの正面に浮かび光り輝く杖に吸い込まれていく。
「はっはっ、間に合うわけがないでしょう?全て計算済みですよ。…合成魔法『シャナク』!!!」
全ての魔力を吸収し、爆発のごとく一際眩く杖が光り輝く。
しかし、一瞬ののち、光は途絶え、カランと音を立てて杖が転がる。
「「…はっ?」」
目を焼くほどの強烈な光に思わず顔を腕で覆っていた二人も、何も変わらぬ様子に戸惑いを隠せない。
もしや合成失敗か?
訝しんだその瞬間、魔力が形作る醜悪なドクロが足元から大口を開けて出現し、呑み込まれるように魂を狩られ、膝から崩れるように倒れて屍を晒す三人であった。
「うむ、今はよく眠れ」
所変わって、いなりの住まう屋敷の一室。
かげろう手作りの梅がゆを半ば無理矢理にたらふく食わされ、満腹と抜けない疲労で再び眠りについたいなりの髪を、かげろうは優しく撫でる。
うなされるような表情は、悪夢ではなく梅がゆがポンポンに詰まった胃袋ゆえだろう。
かげろう自ら手当したいなりの腕、ダメージは大きいがこのまま自然治癒に任せれば、もとの鋭さを損なうことなく傷は癒えるだろう。
「…はぁ…またお前と愛し合える日が待ち遠しいなぁ…」
かげろうは熱に浮かされた表情を浮かべ、包帯の上から、未だじんわりと熱を持ついなりにつけられた首の傷に触れる。
そして立ち上がったその顔は、打って変わって絶対零度に転じていた。
「そろそろ征く。許嫁のことは任せたぞ」
「「…っ!!は、はい!」」
かげろうのいなりに対する距離感があまりにも近いものだから、どぎまぎしながらも様子を見守っていたいなりの義妹達は、唐突にかげろうから言葉を投げられ飛び上がる。
勿論二人共、部屋の外にて全力で気配を絶っていたつもりだったが、かげろうの前ではまったく無意味だったらしい。
「「…いや、姉さんといつの間に婚姻の契を!?」」ツッコミを入れた際には時遅く、かげろうの姿はどこにも無い。
「…さぁ、私の可愛い許嫁をこのような目にあわせた輩、どうしてくれようかな」
凄惨で残酷な笑みを浮かべ、カミハルムイの往来を行くかげろうであった。
続く