「なるほど、面白い幕切れだな」
偽バズレッドは骨で形造られたソファに身体を寝かし、はりつきあくまの瞳から壁へ映し出された映像に満足気に呟いた。
檻に3人を閉じ込める事は想定していなかった。
その結果として過剰に増幅された殺意故か、術師すら巻き込んで発動した即死呪文は実に見事だったという他ない。
はりつきあくまによる遠隔監視は、音までは通らない。
ブラオバウムが唱えた言葉が、原典とは似ても似つかないオリジナルとはいえ、究極の解呪呪文『シャナク』であった事など知る由もなく、パチンと指を鳴らしモニターを切る偽バズレッドであった。
折しも、偽バズレッドの監視が解かれた瞬間。
死に満ちた部屋の中に、慈愛の光が湧き上がる。
「「「…っぶはぁッ!!!」」」
やがて倒れ伏した三人を囲み緑に輝く聖印が浮き上がり、逆再生するように皆は起き上がると、仲良く慌てて息を吸い込んだ。
「いや~、うまく行ったみたいで良かった良かった」その瞳からは怪しげなオーラが消え失せ、目の前の相手を倒せと、あんなにもやかましく頭の中に響いていた声が嘘のように消えている。
「いったい、何を…?これがシャナク、なのか?」
意識が途絶える前に聞いた、シャナクという言葉。
ツスクル出身の術師が、かの失われし呪文を復活させたという噂は、マージンの情報網でも当然キャッチしていた。
しかしそれは究極の解呪呪文であって、間違っても先に感じた禍々しいものではない筈だ。
「生きてる…のか…?」
フツキもまた、先程確かに心臓が止まる感覚を味わっており、今こうして自分が息を吹き返したことがにわかには信じられない。
マージンの疑問に答えるようにブラオバウムは種を明かす。
「さすがに、まだ文献に軽く目を通し、術師アサナギ殿に軽く話を聞いた程度では、古代呪文の再現など無理な話です。ですから先程のは、私のオリジナル。言うなれば、『脳筋シャナク』、といったところでしょうか」
マージンとフツキは、魔導とは結び付きそうにない脳筋の意味を掴みかねて、揃って首を傾げる。
「詳しくご説明しましょう!呪いを解く手段は種々存在します。しかしおはらいは使用者の徳の高さに効果が左右され確実性に欠け、解呪のスクロールは御存知の通り非常に高額、故に、古の冒険者は呪われた仲間を、手っ取り早く仮死状態にしてから復活させることで解呪したという逸話がありまして。対象が死んでしまえばどんな呪いも果たされるわけですから、個人を指定した呪いであれば、如何に強力であろうと後腐れなく消え去ってくれます。これは非常に理に適ってますね!」
もうそれ以上は言わないでほしい。
自分の身に降りかかった脳筋シャナクの正体を察し、二人は青ざめる。
「ザラキーマとザオリーマを時間差発動するよう合成したら、同じ効果が得られるんではないかと。つまり一度、仲良く死んで頂きました」
いつもの笑顔であっけらかんと言ってのけるブラオバウムに、あんぐりと口を開けて固まるマージンとフツキ。
「おや、どうされました?死後硬直ですかねぇ?」
「「縁起でもないこと言わないで!!」」
助けてもらったのは事実だが、二度とお世話にならぬよう気をつけようと心に刻むマージンとフツキであった。
「さてご両人、ある程度体力も回復したことと思いますし、どうでしょう?ここは一つ、悪の親玉の顔でも拝んで行きますか?」
間違いなく呪いは解けているのだが、この不気味な空間から抜け出す事は出来ていない。
しかし、先のブラオバウムが放ったジバルンバサンバにより壁の一部が崩落し、悪趣味には変わりないが幾分か豪奢な雰囲気の廊下へと繋がっていた。
「やれやれ、この上は早々に帰ってコーヒーでも淹れたい所だが、ここまでもてなしてもらって、王様とやらに挨拶せずに帰るのも失礼ってやつだよな、マージン」
「ああ、そうだなフッキー。帰るのは、礼の一つくらいブチかましてからだ」
相棒と不本意にも戦わさせられた際の記憶は、しっかり残っている。
コンディションは万全とはとても言えないが、補って余りある闘志を漲らせ、マージンとフツキは不敵に微笑み合うのであった。
「…ところでマージン、ちょっとまだ呪いが解けてないということにして、一発ぶん殴っていいか?」
折角の機会だったのだが、渾身の右ストレートはブラオバウムに着弾してしまい、フツキはすっかり不完全燃焼を抱えていた。
「いや馬鹿かフッキー、フッキー馬鹿か。どういうことにしてんだよ!?…っておい、拳固めんなってマジで!目が怖い!先生!こいつ実は呪い解けてないんじゃないの!?」
堪らず先へと逃げ出すマージンをフツキが追いかける。
「ふふ、お二人共、頼もしい限りですねぇ」
フツキをたしなめるでもなく、その後ろをのんびり着いていくブラオバウムであった。
続く